悪(ワル)の華

ボードレールは、人間を『退屈』に住む『悪』だと思っていたようです。『悪』を詠えば、人間の本質に迫れました。 『悪』はまた、衝動的で扇動的で曖昧でした。 衝動的で扇動的で曖昧なものは、おもしろおかしく好き勝手に扱えました。 『悪』は、『滑稽』にも『美』にも『神』にさえなれました。 こうして人間は、『滑稽』や『美』や『神』に変えられました。 ボードレールのやったことは、それだけのことです。では、ボードレールの言葉遊びに浸りましょう。文中、極めて不道徳で不適切な単語や表現が使用されています。予めご了承ください。

2024-01-24から1日間の記事一覧

33 後悔

黒い大理石の墓石の下、暗黒の中に、 アンタが眠りにつくとき。 住処とかベッドとか、よく人が口にするものが、 雨の染み入る穴倉となったとき、 石の重みが、アンタのやわな脇腹と、 怯える胸を圧迫し、 心臓の鼓動も、希望を抱くことも許されず、 そして、…

34  猫

こっちにおいで、かわいい仔猫ちゃん。脈打つオレの股間で挟んでやるよ。 おっと、脚の爪は引っ込めておくんだ。 キラキラ光る瑪瑙のようなその目に、 なぁ、オレの顔を映してくれ。 お前の頭を、指先で、 ナゼナゼ愛撫するときや、 静電気を帯びたその柔ら…

35 決闘

ふたりの中年男が、抜き身の匕首を腰にあてがい、睨み合っていた。 と、ふたりは同時に飛び上がった。宙に鋼の火花と血が散った。 刃と刃がかち合う音がした。この決闘は、女の取り合い。 まるでガキの乱痴気騒ぎだ。 遠く過ぎ去ったふたりの思春期のように…

36 バルコニー

女の中でも、いっとう好きだった母ちゃん! 母ちゃんは、オイラの喜び! オイラの宿命! 母ちゃん、覚えているかい、抱き合ったあの時の恍惚を、 ストーブの熱に包まれた、薄暗い部屋の妖しさを、 母ちゃん。女の中でもいっとう好きだった母ちゃん! ニクロ…

37 憑かれた者

今日は日蝕だ。 ところでさぁ、お前も影に包まれてしまえばいいんだ。 ふて寝するなり、タバコを吸うなり、好きにしろ。そして口をきくな。 暗い顔をして、無気力な生活に浸れ! オレはそんなお前が嫌いじゃあねぇ! もしだ、 もしお前が、欠けた月がその影…

38 まぼろし

Ⅰ暗闇 絶望の穴倉に、 オレの性(さが)が、オレ自身を追い込んだ。 そこは、決して陽気な日差しなど届かないところ。 そして、夜という陰気な女大家を除けば、オレは一人っきりの場所だ。 オレはまるで意地悪な神に、 暗闇で絵を描くように罰せられた画家のよ…

39

あんたに贈るぜ、この詩を。 もし万々が一、オレの名が、 異常気象の北風に追われた船のように、後世に伝わり、 ある夜のこと、この詩を読んだ男の脳味噌に、 あんたのことが、夢物語となって蘇り、 音楽さながら、詩句はイヤーワームとなり、 オレの気持ち…

40 いつものこと

「何が不満なの? 何なの? いったい、何を悲しんでいるの?」いつもお前ぇは、オレにそう尋ねた。 人ってもんは、へんに余裕ができたら、 「生きていることも、また苦痛だ……」みてぇな、面倒くせぇことで、カッコウをつけるもんだ。 これはな、神経が細くて…

41 全部

今朝のことだ、飽きっぽいオレの性分が、 むくむくと、胸クソ悪く立ち現れて、 隣で眠り込んでいる年増女を三白眼で睨みながら、こう囁いてきた。 「ひとつ尋ねてもいいか? お前、まだこの女に未練があるらしいが、 こいつの身体の、 どのパーツが、 黒いと…

42

女の人にモテないみじめなボクが、今夜、誰に話しかけようか? 薄暗く、止まった空気にホコリが舞う部屋に引きこもったボクが、 アイドのあの人に向かって、何を語れる資格があろうか? あの人の眼差しが、ボクの心に明るい花を咲かせた。 ———ボクらは胸を張…

43 詩人の目

オレの目の前に、2つの探照灯かんでいる。 多分、いたずら好きの天使が、それに磁気を帯びさせたのだろう、 オレにまとわり付いて浮いている。この2つの相棒は、 オレの目の中に、透明に輝くダイヤモンドの炎を上げさせる。 光る相棒は、あらゆる罠、かず…

44 プレゼント

無邪気なお嬢さんよ、あんたは苦悩ってもんを知っているか、屈辱と、後悔と、嗚咽と、憂鬱と、そして紙を皺くちゃにするような、心臓を締め付ける、恐怖を、無邪気なお嬢さんよ、あんたは苦悩ってもんを知っているのか? お人好しのお嬢さんよ、あんたは憎悪…

45 告白

一度だけ、ただ一度だけ、 あんたのスベスベした腕が、オレの腕に、 もつれたことがあった。(オレの薄汚ねぇ胸底でも、 この思い出だけは色あせていねぇ) もう日は暮れていた。新しいメダルのような、 月が浮かんでいた。 荘厳な夜の空気は、河のように、 …

46 ゴロツキの朝

目覚めたオレの顔に、 白っちゃけた朱色の光が、『理想』を引っ提げて射し込んだ。 すると、さすがのオレの中にも、 会心しろと、天使が目覚めちまった。 『道徳』の眩しい朝焼けが、 意気地のねぇ、しかめっ面したオレの前に、 この世を吸い込む勢いで、輝…

47 夕暮れのバラード

ついさっきの事だ。人を殺した。 命が震えながら消えた。 消える音と匂いは、夕暮れに紛れた、 憂鬱なバラード、アンニュイな溜息! 命は蒸気のようにあっさり消えた。 エレキギターのチョーキングは、病んだ心臓の痛み、 これも憂鬱なバラード、アンニュイ…

48 香水瓶

なるほど、素粒子レベルで考えれば物質は隙間だらけ。 強烈な香水の匂いなら、ガラスを染み抜けるだろう。 錆びついた鍵に、悲鳴のような軋みをたてて、 無理やり開けた化粧ケースの中や、 首吊りのあった廃屋に置き忘れられた、 埃をかぶった衣装ダンスの、…

49 麻薬

MDMAがあれば、みすぼらしいボロ屋も、 目もくらむ豪邸に変わる。 古代の柱廊が荘厳に、 赤い水蒸気の中から、キラキラ浮かび上がる。 それは、曇り空に、夕日が沈む景色に似ている。 LSDがあれば、境界線がぐんぐん広がり、 無限がどんどん伸び、 時間は重…

50 曇り空

お前の眼差しには、靄がかかっている。 読めねぇ。 ご機嫌だと思ったら、夢見るように虚ろになり、 夢見心地なんだぁ、と思えば、無残に青ざめた空を映し出している。 色恋沙汰に翻弄され、情けねぇことだが、涙を流し、 屈辱と敗北に、気が滅入り、 ただ神…

51 猫

1 オイラの頭ン中を、 我が物顔で闊歩するのは、 いじらしくて、可愛くて、甘えん坊の、 『ニャー』と、かすかな声で鳴く猫だ。 その息のような鳴き声は、おしとやか。 『シャー』と威嚇してきても、意外と愛嬌あるし、 喉を『ゴロゴロ』鳴らすと、なおさら…

52 ある少女の船出に

おじさんと、二人だけの秘密だよ。まだ分かっていないよねぇ。 お嬢ちゃん自身の、あどけない、可愛らしさを、おじさん、数え上げてみたいなぁ~。 そして、その可愛らしいところを、撮ってもいいかなぁ~。 大人になりきっていない、お嬢ちゃんのきれいなと…

53 旅の誘い

なあ、かわいい妹。 想像してみろよ、 遠い国に一緒に逃げて、この兄ちゃんと暮らす毎日を! 気が向いたら、ヤクかましてアレをヤッて、 ヤリ飽きたら……、いっそ死んじまおう。 あの世は、お前と相性がいいはずだ。 そこでは、くもり空に、 湿った太陽が浮か…

54  後悔

死体を舐める蛆虫のように、樫の木を齧る青虫のように、 オレを食い荒らす、 浅い呼吸で、のたうち這いずり回っている、 長い年月を生き延びた、老いぼれた『後悔』を、 オレは、〆殺すことが出来るだろうか? 男を破滅させる、貪欲な娼婦か、あるいは、 し…

55 たわごと

アンタは、潮のようにオレに迫り、 引きながら、オレの唇に、 苦い泥の思い出を残していく。 秋空のように取り澄ましているアンタだけに、皮肉だ。 ———アンタの手がオレの胸に滑り込んでも、もう駄目だ。 アンタがまさぐるそこは、 女の爪と歯でキズだらけだ…

56  秋の歌

Ⅰ 早かれ遅かれ、オレらは冷たい闇の中に堕ちていくんだ。 あばよ。夏のあっと言う間の輝き! もうオレには、庭の敷石に薪が崩れる、 陰惨な音が聞こえているのだ。 冬がオレの中へ滑り込もうとしている。 憎しみ、恐れ、震え、強いられた過酷な労働。 する…

57 聖母へ        スペイン風の奉納物

『聖女』よ、わたしの至宝、あなた様ため、 わたしの苦悩の奥底に、地下祭壇を築かせていただきます。 その暗黒の片隅に、 俗な欲望や意地悪な視線から、あなた様を隔絶させるため、 紺碧に金銀七宝を散りばめた壁を立てさせて下さい! あなた様はそこで、た…

58 午後の歌

その反り返ったまつ毛は、 お前(めぇ)独特のもんだよなぁ。 天使にゃあ似ても似つかねぇが、 オレをイチコロにするクソビッチめ。 しつこいなぁ、愛しているよ尻軽女。 オレの欲情! 偶像をおがむ坊主のように、 オレはお前(めぇ)の前にぬかついても構わねぇ…

59 デカ長の下島

想像してみろよ、拳銃をぶら下げたオマワリ秋山を。 チンピラを泳がせ、ヤマ見をし、大物を追い詰め、 汚れた制服で、狙い定めた照準をホンボシに合わせる。 それは、武勇を誇る騎士にも負けない姿だ。 知らないだろう検察官安田の起訴を、 あいつは、自分を…

60 フランソワーズを歌う

張りたての弦で、お前(まえ)を歌う。 寂しがり屋のオレの中で、 駆け回る若い女鹿のお前。 花で飾って有頂の、 無邪気なお前を見ていると、 罪は全部許されるのではないかと思われる。 磁力を持ったお前との、 口づけで流れる唾液は、 飲めば、何もかも忘れ…

61 満州生まれのばあちゃん

便所掃除のばあちゃんは満州生まれ、そのばあちゃんのおとうちゃんは満鉄の重役で、使用人にかしずかれ、乳母絵日傘の暮らしをしてたとさ。 その肌色は暖かい白。濡羽色の髪は艶々して、うなじのあたりに、色気があり、背はすらりと高く、動きはそつなく、笑…

62 シャブ中女

アガド、どきどきお前(めぇ)ぶっ飛んだだろう、 常識つぅ偽善の街から、 あの海の方へ、 深く濁って臭い情欲の海に。 どうなんだアガド、ぶっ飛んだのか? 情欲の海はオレらの苦痛を癒してくれる。 壊れたオルガンの伴奏で、 ただ不器用な声で歌っているだけ…