悪(ワル)の華

ボードレールは、人間を『退屈』に住む『悪』だと思っていたようです。『悪』を詠えば、人間の本質に迫れました。 『悪』はまた、衝動的で扇動的で曖昧でした。 衝動的で扇動的で曖昧なものは、おもしろおかしく好き勝手に扱えました。 『悪』は、『滑稽』にも『美』にも『神』にさえなれました。 こうして人間は、『滑稽』や『美』や『神』に変えられました。 ボードレールのやったことは、それだけのことです。では、ボードレールの言葉遊びに浸りましょう。文中、極めて不道徳で不適切な単語や表現が使用されています。予めご了承ください。

はじめに

悪の華の冒頭には、テオフィル・ゴーティエへの献辞が記(しる)されています。

ですがこの詩集は、『悪の華』を訳したものとは到底言えません。

オリジナルの内容・文章・文脈・単語など大胆に変更しています。また、

ボードレールの真骨頂との言える韻への配慮も行っていません。

詩の真意から外れないことには、出来る限り気を使いました。

そしてとにかく、分かりやすく面白いものにしようと仕上げました。

そう言う意味では、『悪の華』へのオマージュであると思っています。

以上のような次第で、テオフィル・ゴーティエへの献辞は省略することにしました。

ご感想などあれば、 MAIL

までに下さい。

 

ちなみにテオフィル・ゴーティエへの献辞は、次のようなものです。

       『完全なる詩人

        フランス文学の完璧な魔術師

        わたしが敬愛する

        先生であり友人でもある、

        テオフィル・ゴーティエ

 

        この上ない尊敬の

        思いをこめて

        これらの病んだ花々を

        捧げます』

お前(めえ)らに

乞食に虱や蚤がわくように、

たくらみと、欲と、金への執着と、そして妬みが、

オレの身体に染み込んでいるんだ。お前らもそうだろ?

舌に言い訳を重ねて、その場しのぎで生きているだけだろ?

 

会心しろなんて、ありがてぇ言葉は、屁のつっぱりにもなんねぇ。

せいぜい、気が済むまで告白懺悔のくだまいたら、

腐った身体を、ウソの涙でさっぱり洗い流して、

浮かれ気分で汚れた街に、繰り出すのが、まあオチさ。

 

おっ、耳の裏まで墨を入れた※1魔王トリスメジストがマッチョな身体を晒して登場かぁ!

心強い金ヅルのお出ましで、オレはここ何日も気が高ぶって寝ていねぇ。

考えてみりゃ、オレらの金銭詐欺も、

この魔王様のイカサマの前じゃあ、ガキのお遊びだぁ!

 

所詮、オレらは『悪(ワル)』から逃れられねぇぜ。

だからよぉ、ヤバいもんの言い逃れに必死こいて、

臭せぇ闇も怖がらねぇでよぉ、空威張りで、

毎日毎日一歩ずつ、地獄に堕ちとシケ込もうぜ。

 

金欠のスケベが、膏薬臭せぇ立ちんぼうのクソババァの、

しぼんだ乳を、干からびたオレンジから汁を啜るように、

チュウチュウ吸ったあと、、

半腐りのオマンコをかき回すようなもんだ。

 

そもそも『悪(ワル)』ってやつは、蛆虫が群がってひしめき合っているのを想像すりゃあいいや。

『悪(ワル)』は、オレらの脳ミソを食い荒らし、一休みするごとに、 

変な呼吸の音を出しやがる。そしてよぉ、オレらの肺の中にまで忍び込んで、

死に追いやろうとするんだ。

 

レイプ、ヤク、殺傷、放火。おお、上等じゃあねぇかよぉ、

これらが、オレの生きざまに箔をつけていねぇとしたら、

情けねぇよなぁ。

キンタマぶら下げる資格がねぇってもんだ。

金色のオオカミ、ヒョウ、山犬、 

サル、サソリ、ハゲタカ、ヘビ。そろいもそろった動物園。

中でも人間様の本性は、一番の見世物。

鳴いて、唸って、吠えて、這いまわる。

 

いやいや、もっと凄えバケモノがいる。

ひっそり生きて、大声もはり上げりゃしねぇが、 

こいつはタダ者じゃあねぇ。あっちこっちをぶち壊しながら、

壊しながらも、つまんねぇと欠伸をこいて、世界を飲み込むバケモノだ。

 

そいつが何だか分かるか……? 無気力だよ。何ーんもする気が起きないこと。  

欠伸の涙目で、タバコをふかしながら、死刑台の夢を見るバケモノだ。

お前(めぇ)ら、よく頭に叩き込んでおけよ、この厳重注意のバケモノの事を。

なあぁ、お利巧ちゃん……、オレのダチ……。兄弟。

 

※1 古代エジプトの半神半人の錬金術

1 祝詞(のりと)

神様の、ありがたい思し召しで、

うっとうしいこの世に、詩人が生まれ落ちた。

ママは、びっくり仰天し、

お情け深い神様を、中指立てて罵った。

 

「こんな情けないカタワを育てるぐらいなら

 マムシでも産めばよかった。

 ああ、あの夜が呪わしい。

 オマンコに、タネを流した、あの快楽の夜が。

 

 気の弱いウチの亭主が、

 よりによってこのわたしを、数ある女から選んだのは、事実。

 ひょっとして神様さぁ、それもあんたの仕業かい。この出来損ないのクソガキを、

 ラブレターのように焼き捨てはしないだろうと、このわたしを買い被ってくれたのかい。

 

 あんたが、いたずらで、わたしに授けたこのオモチャ。

 あんたの意地悪を、このオモチャで憂さ晴らししてやる。

 思いっきり捻じ曲げて、

 そこから、毒の新芽が生えないようにね。」

 

こうまで、啖呵をきったママに、  

神様の、有難い思し召しなど通じない。

火焔地獄の谷底に、

子殺しの自分を処罰する。火焙り台の薪を積みはじめた。

 

ところがおっとどっこいで、当のその子に、

ありがたい天使様のご加護があった。その子はお天道さまの下堂々と、

飲み物も、

食べ物も、全部、全部だよ。全部、神様のお流れを頂戴したわけさ。

 

お陰で、風と遊んで、雲に話しかける、といった不思議な子になった。

その子が、十字架十字架と、鼻歌にすれば、

天使様は助けた甲斐あったとばかり、

その子を、森の小鳥のように可愛いと、うれし涙を流す始末さ。

 

しかしだ、その子が好いた相手は、なぜだか怯える、逃げる、狼狽える。

そうかと思えば、その子のおとなしさにつけこんで、

これでもか、これでもかと、

自分がどこまで残酷になれるかと、その子で試したりする。

 

たとえばだ。その子のパンやワインに、

灰と唾を混ぜ合わせて、「さあ、食え!」と言う。

挙句の果てに、その子が触ったものは、汚いと投げ捨てる。

オレの足跡を踏んだなと、いちゃもんをつける

 

その子が大人になって、女房をもらった時の話をしようか。

その女房が大声だしながら、みんなの前でこう言ったのさ。

「あたしを、きれいだと褒める気があるなら、

 あたしを、古代の女神像に負けないぐらい、金銀で飾ってよ。

 

 あたしはねぇ、ゲランやカルティエを身につけたいし、ミシュランの三ツ星が大好き。

 そうそう忘れてた。あんたを膝まづかせるのも、だぁーい好き。

 さぁさぁ、神様とあたしと、どっちが大事なの。

 あたしは、とことんわがまま言って、どっちが大事か試すつもりよ。

 

 冗談? 冗談じゃあないわよ。

 何ならあたしのか弱い手を、あんたに乗せて……、

 なに鼻の下を伸ばしているの。肝心なのはここからよ。 

 あんたの心臓に届くまで、鷲のような爪を立ててやるからねぇ。

 

 あんたの心臓は、怯えた小鳥みたいだろうねぇ。

 あたしは、その赤い小鳥を、あんたの胸から引き抜いてね、

 あたしの内側に、大切に飼っている淫獣に、

 『さあ、餌だよ』と、投げてやるつもりだよ。」

 

女房の、そんな罵りも、当の詩人は、どこ吹く風。

神様に、ヘラヘラの馬鹿ズラで、両手差し伸べた。

すると、その指先から閃光が走った。

その眩しさったら、凄い。地上のアラを全部隠したほどだ。

 

詩人は思わず漏らした。「ありがたい。

神様が、人の穢れを浄めるって言うのは、事実なんだ。

本物の快楽を、教えてくれるってんのも、事実だ。

本物の詩人になるため、オレに苦悩を与えてくれるたのも、事実だ。

 

オレは知っている。

神様あんたが、オレら詩人のために、

自分近くの席を温めてくれている事をな。

そしてオレらに、宴会を開いてくれるんだろ。

 

他にもオレは知っているぜ。あんたがくれた苦悩が、どれだけ大事かって事を、

苦しまなきゃ、本物にはなれねぇよなぁ。

でもよお、本物になったら、王冠でも用意してもらうぜ。

オレは、ちんけな王冠じゃあ、満足しねえよ。」

 

先回りした神は、 

古代の今はもう手に入らない宝石や、

未来に発見される金属を、手にじゃらじゃらさせている。

「おっと、オレはそんな玩具じゃあ、満足しねえって。」詩人は言った。

 

詩人の気持ちは分かる。

詩人の冠は、宇宙生成の閃光で練り上げられてこそふさわしい。

お前(めぇ)ら凡庸な人間の目は、

詩人を映し出す、曇った鏡の値打ちもねぇよ。

2 アホウ鳥

暇つぶしに、船乗りさんは、

アホウ鳥を、生け捕りして、弄ぶ。

アホウ鳥は、調子にコイて船尾にホイホイとついて来くる。そして、

難なく、捕まえられる。だからアホウ鳥。

 

アホウだが、※1なにしろデカい。一見すると、

空の王者のようだ。ところがどっこい、

生け捕りしたこの鳥を、甲板に縛り付けると、

大きな翼を両脇に引き摺って、情けねぇかっこうになる

 

おどおど、怖気づいて、

あの空を翔けまわる、王者の風格は、もうどこにもねぇ。 

船乗りさんは、錨のタトゥーの腕伸ばし、煙草の火で嘴を突っつく。

それに、ビッコ曳く格好真似て、大ウケしているやつもいる。

 

どうだ、アホウ鳥は、詩人に似ていないか?

シケの大海さえ、悠々、翔ける王者のアホウ鳥が、

地べたに追いやられると、 

する事なす事、ぶきっちょになる。詩人なんか、カタワさ。

 

※1 アホウ鳥は翼をひろげると3メートルある。

3 高い高い、バァ

海から池から谷から、飛び上がり、

森を越え、山を越え、もっともっと高く、

お日様も越え、ダークエネルギーの膨張に乗って、

まさかまさかの、宇宙の果て。

 

気持は軽やか、ラリって、らられるろ、

背泳ぎ、犬掻き、バタフライ、宇宙の果てで、わふフンわり、 

宇宙は閉じていなかった。そんなのどうでもいいけど、

野郎にしか分かんねぇ、射精の気分で漂うのさ。

 

宇宙は続くさ、らられるろ。ああたまんねぇー。

ラッカー、シンナーで、頭空っぽ。

見えて来た来た、チカチカ光る幻影が、

宇宙の果てで、見えて来た。その幻影を酒のように飲み尽くせ。

 

めんどくせえ世間、忘れて、らられるろ。

せつねぇ事も、退屈な事も、全部忘れて、 

行くとこまで行っちゃおうぜ。

行ったもん勝ちだぜ。 

 

とにかく高いとこ、できるだけ高いとこ、もっと高いとこ、 

天才のひらめき、スゲェ思い付き、高いところに行かなきゃ、そいつは手に入いらねぇよ。

そんなヤツ、もう人じゃあねぇかもしんねぇな。

しゃべらねぇモノ、たとえば花とかの言葉が分かる、詩人ってバケモノだ。

4 自然

奇跡は自然に隠れている。木々は生きた柱だ。

林を歩けば、

オレを見守ってくれる。

耳を澄ませば、得体のしれないものがつぶやきかけて来る。

 

その声は絶え間なく聞こえる。

遠くどこからともなく、

香りと、色と、声が一つとなって戯れ、

たぶん、暗い奥深いところから聞こえて来るのだ。

 

その声は疲れたように甘ったるく、草いきれと混じり合い、

オレに絡みつくように聞こえて来る。

―その声に、傲慢な腐臭が混じる。声は本物になる。

 

自然は、香りを大判振る舞いしてくれる。

臭いフェチのオレは、全身全霊で囁きに耳を傾ける。

脇の下はどう? 足の指の又は良い匂い? 股の間はお好き? 自然の声にオレの五官が目覚める。

素っ裸で生きていた昔の事を想像するのも、嫌いじゃねえ。

お日様が、人を黄金色のツバで染めていた昔の事を。

その頃の人は敏捷で、

ウソなんかつかねぇで、くったくなく、遊んで暮らしていた。

ニコニコ顔のお天道様は、人の背骨を撫ぜ撫ぜ。

こうして人は、ノー天気に鍛えられた。

大地は、あり余るほどの果実でみちて、

人を、やっかいとも、面倒とも思わなかった。

誰彼なく優しい、母オオカミの気分で、

褐色の乳房から、ミルクをビューって絞り出していた。

男は凛々しく、強くたくましく、

自分を王様とたたえる美女に、鼻高々。

女は女で、初心ななりして、

その引き締まった肌に、男が歯をたてるのを待っていた。―思っただけでセンズリこきてぇ。

 

だがようぉ、空想センズリだけじゃあ物足りねぇ、今の詩人が、

ストリップ小屋、エロ映画館、のぞき部屋、おっ! 出歯亀になるってかぁ!

まあいいさ、裸が見られるところに行ってもよぉ。

チンポ握って、覗いても、何だかつまんねぇ、ってよぉ

目の前のエロは、詩人のオツムにゃあ、ピンとこねぇって、

服を返してよ、と泣く女の、

ツラにふさわしいその身体は、 

だらしのねぇねぇ肌、瘦せっぽち、デブ、これが可笑しいのなんの、勃つものも勃ちゃしねぇ……。

常識を大事にする神様は、勘違いもいいとこで、

「可愛い我が子よ」と、男にブロンズのベビー服を着せ、ますますみっともなくさせる。

女は女で、蝋燭のように青白くなって、

ヤリマンの本性を隠す。っでだ、処女は、

DNAのプログラムに逆らわず、やっぱりヤルことをやらなきゃ気が済まなくなる。

 

だがよぉ、なにも昔がよかったって、言いてえ訳じゃねぇ。

今のオレらにも、昔の人間が知らねえいいところもある。

たとえばメンタルがいかれたヤツの、屈折した表情は、

疲れ果てた『美』そのものものだ。

メンタルのいかれたヤツが、

あれをヤリてぇーと思った時、

イカレタ『美』は、案外輝いたりするんだ。

とにかく、メンタルがイッてしまっているから、純情だ。十歳は若返ってみえる。

賢そうな額、清流の眼差し、何しろ、イッてしまっているからなぁ。

心、ここになし。ヤクでガンギメしたみてぇに、

晴れ渡った空の下、鳥の歌、花の香り、

そんなもの、どこにもねぇのに、耳に鼻に届いてうっとり顔。―金玉のシワがキュッとするぜ。