悪(ワル)の華

ボードレールは、人間を『退屈』に住む『悪』だと思っていたようです。『悪』を詠えば、人間の本質に迫れました。 『悪』はまた、衝動的で扇動的で曖昧でした。 衝動的で扇動的で曖昧なものは、おもしろおかしく好き勝手に扱えました。 『悪』は、『滑稽』にも『美』にも『神』にさえなれました。 こうして人間は、『滑稽』や『美』や『神』に変えられました。 ボードレールのやったことは、それだけのことです。では、ボードレールの言葉遊びに浸りましょう。文中、極めて不道徳で不適切な単語や表現が使用されています。予めご了承ください。

6 松明

ルーベンスの絵は、忘れん坊の河、怠け者の庭ってところかな。

性欲の宿命に、いさぎよく従う肉体ってところだ。

空気に空気が、海に海が溶け込んで、

乾坤までもが、アレに精出している。

 

レオナルド・ダ・ヴィンチの絵は、湿っぽい。

あどけない天使が、

閉じ込められた氷河や松林から、

一癖ありそうな笑顔を浮かべて、こっちを見ている。

 

レンブラントの絵は、愚痴が絶えない慈善病院だ。

そこには、ありがたい十字架が飾られている。

涙なみだの偽善のお祈りが、ゲロから立ち上り、

冬の陽射しが、突然そこをかすめる。

 

ミケランジェロの絵は、こりゃまた、ゴチャゴチャしているねぇ。

古代ギリシャの神殿に、キリスト様が迷い込んだ夕暮れ、ってとこかぁ?

生きる気満々の幽霊が、すっくと立ちあがって、

指を伸ばして、自分の屍衣を引き裂いている。

 

激情のボクサーや、上っ面が得意の半獣神や、

膨らんではち切れそうな自惚れや、黄ばんだ弱虫男。

そんなアウトローたちの美を彫り上げたのは、※1ビュジェ。

あいつは、刑務所の帝王だ。

 

ワァトーの絵には、しょせん金とアレにしか興味のねぇセレブ達が、

蝶のようにヒラヒラと、お高く留まっているところが画かれている。

どんちゃん騒ぎのシャンデリアは、

ロココの調度を照らし、蝶を踊り狂わせている。

 

ゴヤは、怪物であふれる悪夢を画いた。

※2サバトで焼かれる胎児も描いた。

鏡に向かうババアと、真っ裸の少女たちが、

魔物さえ惑わそうと、靴下を直す真似をしている様子には筆が踊った。

 

ドラクロアの絵は、堕天使の遊ぶ血の湖だ。

常緑樹の森は、影を血の水面に落している。

陰気な空の下、奇妙な楽隊が通り過ぎる。

ウェーバーの押し殺した溜息のように、通り過ぎる。

 

これらの呪い、これらの冒涜、これらの苛立ち、

これらの悦楽、これらの叫び、これらの涙、これらの讃歌は、

千の迷宮を行き交う木霊。

やがてはくたばる人間に与えられた麻痺薬!

 

千の見張り兵によって繰り返される叫び!

千の拡声器で送られる命令!

千の砦の上を照らす松明!

深い森で道に迷った猟師のSOS!

 

と言うのも神様よぉ、偉い絵描きさんの残したものは、

お陀仏するのが宿命のオレら人間にとっちゃあ、プライドの証明だったんだ。

この泣き叫ぶ絵たちは、時代から時代に受け継がれ、

不死の神様よぉ、あんたの膝元で、やがて死滅する宿命に甘んじるのさ!

 

※1 ビュジェは、フランスの彫刻家。多くの徒刑囚をモデルにした。

※2 サバト 魔女の集会のこと。

7 病気持ちの詩の女神さんようぉ

詩の女神さんよぉ、あんた、今朝はいかれているぜ。

目に隈ができて、そこに悪夢がまだ居座っているようだ。

不機嫌な顔には、

狂気と恐怖が、入れ代わり立ち代わり表れているぜ。

 

緑色の大悪魔と、ピンク色の小悪魔が、

あんたを、からかったか?

悪夢がいたずらで、あんたを沼底に、

引きずり込んだのか?

 

とにかく、オレが望むのは、あんたが健全で、

強い意志でもって、まっとうなリズムの、

道徳の詩を詠うことだ。

 

歌の神アポロと、豊穣の神パンが、

支配した古代の、できたら、あの素朴で初心な調子でもって、

あんたが詠うのを、オレ写し取って、自分の手柄と親戚に自慢したいんだ。

8 身売りする詩の女神さんよぉ

詩の女神さん、あんたはとびっきりのお嬢だ!

あんた、一月の雪が降る、

北風の強い、暗い夜に、

冷え切った紫色の両足を暖める薪を、一人で集める事はできるか?

 

そうか、では次だ。大理石のように固まったその肩を、

窓から差し込む光が、解(ほぐ)してくれるなどと、まさか考えてはいないどろうねぇ?

財布は空っぽらしいが、

夜空の星が、金貨に変わるとでも、思ってはいないよなぁ?

 

まあいいさ。とにかくあんたに必要なのは、

目先のオマンマを手に入れるため、合唱隊のガキのように香炉を揺らしながら、

これっぽっちも信じていねぇ神様の讃美歌を歌うことだ。

 

それか、腹をすかした大道芸人を真似て、

無理くりでお愛想笑いをヘラヘラして、

人様を大笑いさせ、お情けにすがる事だ。

9 なまけ坊主

むかし、僧院の壁に、

神様の『粋』を絵にして、並べたそうだ。

そのお陰で、信仰心は温まり、

小難しい寺の冷たさも、なんとはなしに和らいでいたと聞く。

 

キリストの教えが、花と栄えた頃、

今では名前すら知られていねぇ、偉い坊さんが、

墓場を仕事場にして、

純情な絵筆でもって、『死』に意味の色付けしていたらしい。

 

———オレの魂も墓場だ。とっくのとうから、そうだ。

そこには、出来損ないの坊さんが住み着いていている。

ただし、なまくら坊主だから、気の利いた絵のひとつも画いたりしねぇ。

 

このクソ坊主め! いつになったら、

オレと言うモノを、この悲惨を、この矛盾を、この複雑を、

オレ自身の手で画かせてくれるんだ。そうしてオレ自身の目を満足させてくれるんだ。

 

10 敵

オレの若(わけ)え頃は、ひでえ嵐に似ている。

そりゃあ時には、一筋の光が射したこともあったさ。

しかし、ほとんどスゲエ雷雨の日々だった。

実りの季節でさえ、

 

鋤と鍬で、洪水の去った、

墓場のような地面を、

耕し直すといった有様だった。

そのせいか、結局ひとつの果実も実らなかった。

 

オレが夢見た新種の花が、  

この不毛の砂地に、

咲くことがあるだろうか?

 

悔やんでも悔やみきれねぇ! 時間がオレの命を食いつぶしている。

オレの心臓を削る敵が、どこかに隠れている気配がする。

そして、オレの血を嘗めて、肥え太る機会を狙っている。

11 悪運

こんな重いもんを持ち上げるには、

相当、根性がいるだろうなぁ。

どんなに頑張っても、

オレ、やり遂げる自信ねぇなぁ。

 

偉業をなし遂げたご立派な人が眠る、そんな墓からは遠く離れて、

平々凡々の輩の眠る墓にまっしぐらで、

オレは、太鼓をたたきながら、

葬送曲のパッとしない拍子をとって進むのさ。

 

しかしだ、きっとそんな墓にも、暗闇と忘却に埋もれた、

眩い宝石が、ゴロゴロしているだろうよ。

だがよぉ。鶴橋もドリルも、それらを掘り当てることなんざぁ、もうねぇだろうなぁ。

 

墓には、たくさんの花が、後悔を肥やしにして、

湿っぽい香りを立てている。

誰にも理解されず、誰にも振り向かれず、虚しさと寂しさを抱えた屍の上で。

12 前世

オレ様は前世、海辺の景勝地で、豪壮な建物の柱廊の中に暮らしてたんだ。

見上げる柱は、太陽の光を反射して、キラキラ輝いて、

日が落ちたら、

内部は洞窟のように、真っ暗でひんやりしていた。

 

うねる波は、空の揺り籠のようで、

怒声とも、囁きともとれる、

複雑な音を混ぜこぜにして、

夕日を浴びれば、オレ様の前で色気ついて、ケバい化粧をした。

 

青い海、たゆたう波、そして強烈な光。

オレ様は、香油を擦りこんだ召使にかしずかれて、

自由気ままに暮らしていた。

 

ただな、オレ様を、椰子の葉であおぐ召使の熱心さは、買ってやりてぇとこだが、

少々、有難迷惑ってとこで、気難しいオレ様を、

よけいに落ち込ませるだけだった。オレ様は、前世でも面倒くせぇ人間だったのさ。