悪(ワル)の華

ボードレールは、人間を『退屈』に住む『悪』だと思っていたようです。『悪』を詠えば、人間の本質に迫れました。 『悪』はまた、衝動的で扇動的で曖昧でした。 衝動的で扇動的で曖昧なものは、おもしろおかしく好き勝手に扱えました。 『悪』は、『滑稽』にも『美』にも『神』にさえなれました。 こうして人間は、『滑稽』や『美』や『神』に変えられました。 ボードレールのやったことは、それだけのことです。では、ボードレールの言葉遊びに浸りましょう。文中、極めて不道徳で不適切な単語や表現が使用されています。予めご了承ください。

9 なまけ坊主

むかし、僧院の壁に、

神様の『粋』を絵にして、並べたそうだ。

そのお陰で、信仰心は温まり、

小難しい寺の冷たさも、なんとはなしに和らいでいたと聞く。

 

キリストの教えが、花と栄えた頃、

今では名前すら知られていねぇ、偉い坊さんが、

墓場を仕事場にして、

純情な絵筆でもって、『死』に意味の色付けしていたらしい。

 

———オレの魂も墓場だ。とっくのとうから、そうだ。

そこには、出来損ないの坊さんが住み着いていている。

ただし、なまくら坊主だから、気の利いた絵のひとつも画いたりしねぇ。

 

このクソ坊主め! いつになったら、

オレと言うモノを、この悲惨を、この矛盾を、この複雑を、

オレ自身の手で画かせてくれるんだ。そうしてオレ自身の目を満足させてくれるんだ。