悪(ワル)の華

ボードレールは、人間を『退屈』に住む『悪』だと思っていたようです。『悪』を詠えば、人間の本質に迫れました。 『悪』はまた、衝動的で扇動的で曖昧でした。 衝動的で扇動的で曖昧なものは、おもしろおかしく好き勝手に扱えました。 『悪』は、『滑稽』にも『美』にも『神』にさえなれました。 こうして人間は、『滑稽』や『美』や『神』に変えられました。 ボードレールのやったことは、それだけのことです。では、ボードレールの言葉遊びに浸りましょう。文中、極めて不道徳で不適切な単語や表現が使用されています。予めご了承ください。

2024-01-24から1日間の記事一覧

63 ヒモ

茶色の目をした子供に戻って、 お前のベッドにもぐり込んで、 夜陰にまぎれてお前にくっつく。 そしてオレは、 月のような冷たいキスをして、 穴の周りをじらす、 ヘビになる。 青ざめた朝になれば、お前は、 ヨコが空っぽになっているのに気が付く。 そこは…

64 秋のソネット

お前は作った猫撫ぜ声でオレにこう尋ねてくる、 「アンタって、おもしろい人ね。私のどこがいったい良いって言うの?」 ———頼むから、そこで静かにしていてくれ。 駆け引きには、マジにイラつくんだ。 オレは自分の根性を、お前に見破られたくない。 本音も…

65 月

今夜の月は、いつもにもまして放心状態だ。 それは眠りにつく前に、 重ねたクッションに凭れかかって、 乳首をもてあそぶ女のようだ。 女は崩れた繻子のクッションを背に、 呼吸を整えながら深い恍惚に溺れ、 瞳をめぐらして、 ぽっと花を開くように昇ってい…

66 猫

色情狂も、研究熱心な学者先生も、 落ち着いた年齢になると、猫を可愛がるようになる。 我が家の猫は、オレと同じで寒がり、そして外出嫌い。 だが、なかなかの風格を持った優しいヤツだ。 探求心と放蕩の申し子である猫は、 暗闇と沈黙を何より愛している。…

67 フクロウ

暗いイチイの繁みに隠れて、 異国の神のようにフクロウが並んでいる。 赤い目をギョロリと光らせ、 彼らは今、瞑想中だ。 フクロウはジッと動かない。 傾いた夕日を押しのけて、 暗闇が広がる、 憂鬱な時間が来るまで動かない。 動かないフクロウは脱獄者た…

68 紙幣

オイラは、とある有名人に尽くした紙幣だ。 オイラの丸まった跡を見れば、 それが分かるだろう。 オイラのご主人様は、ブタ箱に放り込まれちまった。 ご主人様が特別の刺激を所望した時、 例えば気持ちのいいセックスをやりたいとき、 オイラはせっせと真っ…

69 音楽

音楽を聴くと、海に乗り出した気分になる。 青白い星を羅針盤にして、 大空の下、霧深い海へ。 あるいは、透き通った空気の中へ。 帆が、風を受けるように、 肺を膨らませ、胸を突き出し、 暗闇に重なった怒涛の、 その背を這い上って行く。 大海溝の上で、 …

70 埋葬

もしもだ、不気味で重苦し夜に、 非情の腹いせで、凌辱しきったお前の身体を、 セメント詰めにして、 床下に放置したのなら、 その地面には、 蜘蛛が巣を張って、 蝮が卵を産み付けるだろう。 星々は見てみないふりを決めたようだ。 お前は一年中その頭上に…

71 凍った一瞬

この凶悪な殺人犯を飾っているのは、 カメラのフラッシュに、 網膜の毛細血管が反射した、あの赤い目のみだ。 光を跳ね返すフロントガラス、車内と外部を隔てるカーテン、 その護送車は、黙示録に記された乗り物で、 殺人犯と同じようにスターだ。 マスコミ…

72 開き直った死者

ナメクジが這う湿った地面に、 深い穴を掘って、 そこへのびのびと骨を並べ、 波に浮かぶ鱶(ふか)のように、何もかも忘れて眠りたい。 遺書も墓も、ごめんだ。 人様の涙なんかはもっとごめんだ! むしろオレは、生きて臓腑を啄まれるように、 カラスを呼び寄…

73 憎しみの樽

『憎しみ』は穴に開いた青白い樽だ。 『復讐』が無我夢中で、 死者たちの血と涙を、手桶に汲んで、 樽の暗闇を満たそうとするが、無駄なことだ。 樽に穴を開けたのは『悪魔』だ。 だから死者たちを蘇らせて、 血をもう一度搾り上げ、 樽を満たそうと、千年か…

74 ひび割れた声

冬の夜な夜な霧の中、パトカーのサイレンに誘われて、 遠い記憶がえぐり返されるのを、 接触の悪い電灯の下で聴くのは、 うっとうしいが、なぜかうっとりもする。 強靭な喉を持ったあのサイレンは、果報者だ。 貧弱な装置にもかかわらず、 敏捷で、したたか…

75 憂鬱

街を濡れ雑巾にする、梅雨は、 墓場の青ざめた乞食には冷気を、 霧深い場末の立ちん坊には腐敗を、 その大甕を傾けて流し込む。 オイラの猫は濡れた敷石の上で、 やせ細った疥癬病みの身体を震わせて、寝床を探している。 老いぼれ詩人の詩心は、雨どいの下…

76 憂鬱

オレは、千年生きたヤツにもかなわねぇ思い出を持っている。 引き出しの中には、あの事件の切り抜き、 古い指名手配のポスター、整形前の写真、 丸めたタクシーの領収書には、殺した女の髪の毛の束がある。 ただ、その引き出しに隠されている秘密も、 オレの…

77 憂鬱

ガキの頃から、何(なぁん)もやる気が起きなくて、すっかり老け込んでいた。 寄付金を積んだ私立学校のオベンチャラにもうんざりした。 地下室に籠って悪い遊びを覚えた。そこはオレの王国だった。 ゲームに大金をつぎこんだ。オンナを連れ込み複数でヤッた。…

78 憂鬱

低く垂れた重い空が蓋となり、無気力になったヤツらに、 のしかかって来るとき、 そしてその蓋の端が、地平線に密着して、 この世を真っ暗闇にしたとき、 地上は湿気の多い地下牢になってしまい、 そこを『希望』が大蝙蝠となってバタつき、 その翼が壁を擦…

79 妄想

巨大な森が怖い! それはそびえる大伽藍だ。 心やましいオレによって、そこは臨終の場と言える。 オルガンの重い響きがオレにのしかかり、 深い緑にこだまして、気が狂いそうになる。 大海原は許せない! そのはしゃぎ方と騒々しさは、 オレ自身を見るようで…

80 虚無

昔は喧嘩っばやかったが、今じゃあ腐ったしょぼくれさ。 自分を鞭打って、血の気を奮い立たせようとしても、 そんな気、これっぽちもおきねぇ。もう、くたばっちまえ! 一歩進むたびに、つまずく老いぼれ馬になっちまったぜ。 もう諦めろ! 野獣の眠りにつけ…

81 錬金術

ある者は『社会』の中の情熱を讃え、 ある者は『社会』に悲哀を感じる。 ある人は『社会』を『墓場』と呼び、 ある人は『生命の輝き』と嘉(よみ)する。 『社会』はオレに寄り添いながら、いつも、 オレを脅かしてきた。 養護施設で育ったオレは、 ひねくれ者…

82 恐怖

救われない運命のような、 この不吉な鉛色の空から、 どんな思い付きが、お前(めえ)の空っぽな魂に降りて来るのか、 答えてみろよ、このゴロツキ。 ———曖昧なものや、不確かなものに、 慣れ切ったオレは、 チクられたシャブ中のような、 愚痴は言わねぇよ。 …

83 自分を処刑する

腹も立っていねぇし、憎ったらしいわけでもねぇ。 ただ何となく、※1お前(めえ)を殴りてぇ気分なんだ。 肉屋が肉切包丁で、腿をぶっ叩くように。 石屋がゲンノウでノミを打つように。 オレの乾ききった心を潤すために、 お前の眼に、苦悩の涙を湧かせよう。 …

84 運のないヤツ

Ⅰ 運のないヤツの、夢も、思いも、 当のご本人様さえも、 お天道さまの眼の届かない、 鉛色の汚れた沼の中にある。 その底なし沼では、 片輪に同情したうっかり者の旅人が、 気違いがうたう歌のような、 巨大な真っ黒い渦巻を相手に、 身体を旋回させて、 溺…

85 時計

時計! 不吉で、恐ろしい、冷酷なヤツ! その指がオレらをこう脅迫する。 「断末魔が、 狂いのない的として、 小心者のお前の心臓に、確実に突き刺さるだろう。 【快楽】なんかは、はるか地平線のかなたに霧散するぞ! 舞台の袖に消える、風の妖精のようにな…

86 情景詩

純真・純潔・純情を思い出そう。 まず、お空を眺め深呼吸し、 朝夕は教会の鐘で心鎮め、そして、 風に運ばれる讃美歌でも聴いてみるか。 屋根裏の窓から頬杖ついて、そこいらを見渡したら、 人様の喜怒哀楽や、 まっとうな仕事がどう言うものか分かってきた…

87 お日様

非情なお日様が、強烈な光線の矢を、 パリにも田舎にも射込む午後に、あるいは、 裏さびれた場末の連れ込み宿のカーテンが、 不倫の触れ場を隠す時に、 オレは創造の腕試しをしようと、外を出歩いてみた。 ちょっと気の利いた街角で、語呂合わせを思いついた…

88 赤毛の乞食娘

赤毛の、白い肌の乞食娘よ! お前のドレスのほころびから見え隠れしているのは、 貧しさではない。お前は気付いていないだろうが、 そこで『美』が息を殺して隠れている。 まかりなりにも、詩人のオイラには、 ソバカスだらけで、ひ弱で、 だが若い、お前の…

89 白鳥        ヴィクトル・ユーゴーに捧げる

Ⅰ 亡国の寡婦※1アンドロマックよ! 滅びた故国のシモイス川を偲び、捕われ地の小川に伏し、 その水面を鏡とみなして、泣き崩れるその眼には、 膨れ上がる涙。涙滂沱と、偽のシモイス川に落ち……ってな伝説を、 出来たての※2カルーゼル広場を横切った時、 ふ…

90 七人の老人         ヴィクトル・ユーゴーに捧ぐ

蟻塚のように人が蠢くパリは、夢また夢の都会。 真っ昼間から幽霊が現れ通行人の袖を引く。 不思議が液体になって、 パリと言う巨人の毛細血管の中を巡っている。 裏通りを挟んで立ち並んだ家並みが、 軒先までたち籠めた霧のせいで、 水嵩が増した川の両岸…

91 小さな老婆たち     ヴィクトル・ユーゴーに捧ぐ

1 人様より少しだけ変わった趣味を持つオレは、 この古い都市パリの、 恐怖にさえ執着を抱かせる、うねり返った裏通りの果てで、 奇妙で可愛らしい老婆を待ち伏せするのだ。 よぼよぼのこの妖怪どもも、かつては、 貞淑な、あついは淫蕩な、見目麗しい女だ…

92 めくら

オレはオレ自身に囁いた。あのめくらを見てみろ! 薄気味悪くないか? まるでお化け屋敷の蝋人形のようだ。滑稽だ。 奇妙な色の目玉をオロオロさせて、 グロテスクで、まるで夢遊病者だ。 生気の抜けた目玉は、 はるか遠く、 天を仰いで動いていない。 ヤツ…