悪(ワル)の華

ボードレールは、人間を『退屈』に住む『悪』だと思っていたようです。『悪』を詠えば、人間の本質に迫れました。 『悪』はまた、衝動的で扇動的で曖昧でした。 衝動的で扇動的で曖昧なものは、おもしろおかしく好き勝手に扱えました。 『悪』は、『滑稽』にも『美』にも『神』にさえなれました。 こうして人間は、『滑稽』や『美』や『神』に変えられました。 ボードレールのやったことは、それだけのことです。では、ボードレールの言葉遊びに浸りましょう。文中、極めて不道徳で不適切な単語や表現が使用されています。予めご了承ください。

91 小さな老婆たち     ヴィクトル・ユーゴーに捧ぐ

       1

人様より少しだけ変わった趣味を持つオレは、

この古い都市パリの、

恐怖にさえ執着を抱かせる、うねり返った裏通りの果てで、

奇妙で可愛らしい老婆を待ち伏せするのだ。

 

よぼよぼのこの妖怪どもも、かつては、

貞淑な、あついは淫蕩な、見目麗しい女だった。

今では、身体が縮まり、よじれ、背骨は曲がっているが、人には違いない。

穴あきの下着に、薄っぺらな上着を羽織って、

 

小花や文字の刺繍のある巾着を、

聖遺物のように小脇に抱えて、

意地悪な北風に鞭打たれ、

車の警笛に怯え切っている。

 

ラクリ人形のように、とぼとぼ歩き、

怪我をした動物のように足を引きずっている。まるで、

踊りたくない踊り子の踊りだ。

悪魔が紐を引く呼び鈴だ。

 

不自由な体に似合わず、その目は錐のように鋭い。

真夜中の水溜りが妙に輝くのに似ている。

キラキラしたものには何にでも驚く、

少女の目と同じだ。

 

———アンタは気が付いているか?

老婆の棺は、子供の棺と同じ大きさだと言うことを。

『死』と言う粋な奴は、

このふたつの棺を似せて、自分の趣味のいい計らいを鼻にかけている。

 

オレはこの死にぞこないの妖怪が、

パリと言うくたびれた書割の中を横切るたびに、

こいつら、新しい揺り籠を見つけて、そこに向かって、

歩いているのではないかと思ってしまう。

 

そうでなければ、このアシメトリーな身体を、

うまく納める棺を作るのは、

何度、作り直しを繰り返さなければならないか!

本当に職人泣かせこのうえないことだと思う。

 

———あの老婆の目は、幾百万人の涙で満たされた井戸だ。

でなければ、錆びついた金属がこびりついた溶鉱炉だ。

厳しすぎる母親のもとで、愛情薄く育ったオレには、

この老婆の目は、股の間の獣を動かせる魅力があるのだ。

 

     Ⅱ

賭博場に入り浸っていた、ヤル相手を探す処女がいた。

今では墓の中のプロンクターしか名前を知らない、二流女優いた。

歓楽地で浮名を流した、

囲われ者の踊り子もいた。

 

どいつもこいつもいい女だった。

このか弱い女たちの中にも、かえって自己犠牲の苦しみを楽しむ、

強者がいた。彼女らは叫んだ。

「翼を持った鷲頭の馬よ。わたしを天に運んでもいいだろう」と。当然だ!

 

ある女は、国に捨てられた。

ある女は、亭主の暴力に耐えた。

またある女は、息子に刺殺された。

これら聖女の涙で、一本の大河の流れを変えさせられる。

 

    Ⅲ

オレは幾度となく小さな老婆の後を付きまとった!

その中のひとりを、今でもよく覚えている。

その老婆は、沈む夕日が西空を血まみれにする時、

考え深げにベンチに腰を下ろし、

 

遠くから聞こえて来るアドトラックの音楽に耳を傾けていた。

アドトラックは公園にも押しかけ、

大音響で、

パリに生気と勇気を与えていた。

 

ベンチの老婆は急に背筋を伸ばして、

何を思ったか、宣伝の音楽に合わせ、

踵でリズムをとりはじめた。そしてその目は若い男を追い、

男のケツを舐めまわしているかのようだった。

 

    Ⅳ

このように老婆たちは、喧騒のパリを、

堂々と愚痴も口にせず歩いているのだ。

淫売であったか、聖女であったか、あるいは慈しみ溢れる母であったか、

いずれにせよ老婆たちは、なにがしかの名前でもって呼ばれたのだ。

 

華やいでいた老婆たちも、

今では本人以外には、その花の時代を知りはしない!

酔っ払いは、通り過ぎざまに、卑猥な言葉で老婆を冷やかす。

なまいきなクソガキは、老婆をからかう。

 

老婆は生きていることを恥じ、皴だらけの影法師になって、

怯えながら背を丸め、壁すれすれに縮こまって歩く。

誰ひとり挨拶さえしない。なんて皮肉なことだ!

本人は、半分は土になってしまっていると、もう諦めているようだ。

 

だがオレは遠くから老婆たちを見つめている。

そして、よぼよぼのその足取りに手を差し伸べたくなっている。

あたかも恋人であるかのように。変だろうか?

オレは、誰にも気づかれないように変わった想像を膨らませている。

 

オレには老婆の初心な純情が見える。

それは確かに、時に底抜けに明るく、時に底知れず暗いのだ。

そして同時に、その明暗こそ老婆の過去なのだ。ちょっとだけ変わったオレは、

老婆のか弱さを目にしながら、彼女たちも犯したであろう悪行を想像する。

 

滅びの女! オレの恋人! オレの女神!

オレは、夜ごとに出会った老婆に仰々しい口づけの別れを告げている。

明日、貴方はどこにいるのだろうか? 80歳のイヴよ!

死に神の爪に押さえつけられたオレの情人!