1
人様より少しだけ変わった趣味を持つオレは、
この古い都市パリの、
恐怖にさえ執着を抱かせる、うねり返った裏通りの果てで、
奇妙で可愛らしい老婆を待ち伏せするのだ。
よぼよぼのこの妖怪どもも、かつては、
貞淑な、あついは淫蕩な、見目麗しい女だった。
今では、身体が縮まり、よじれ、背骨は曲がっているが、人には違いない。
穴あきの下着に、薄っぺらな上着を羽織って、
小花や文字の刺繍のある巾着を、
聖遺物のように小脇に抱えて、
意地悪な北風に鞭打たれ、
車の警笛に怯え切っている。
カラクリ人形のように、とぼとぼ歩き、
怪我をした動物のように足を引きずっている。まるで、
踊りたくない踊り子の踊りだ。
悪魔が紐を引く呼び鈴だ。
不自由な体に似合わず、その目は錐のように鋭い。
真夜中の水溜りが妙に輝くのに似ている。
キラキラしたものには何にでも驚く、
少女の目と同じだ。
———アンタは気が付いているか?
老婆の棺は、子供の棺と同じ大きさだと言うことを。
『死』と言う粋な奴は、
このふたつの棺を似せて、自分の趣味のいい計らいを鼻にかけている。
オレはこの死にぞこないの妖怪が、
パリと言うくたびれた書割の中を横切るたびに、
こいつら、新しい揺り籠を見つけて、そこに向かって、
歩いているのではないかと思ってしまう。
そうでなければ、このアシメトリーな身体を、
うまく納める棺を作るのは、
何度、作り直しを繰り返さなければならないか!
本当に職人泣かせこのうえないことだと思う。
———あの老婆の目は、幾百万人の涙で満たされた井戸だ。
でなければ、錆びついた金属がこびりついた溶鉱炉だ。
厳しすぎる母親のもとで、愛情薄く育ったオレには、
この老婆の目は、股の間の獣を動かせる魅力があるのだ。
Ⅱ
賭博場に入り浸っていた、ヤル相手を探す処女がいた。
今では墓の中のプロンクターしか名前を知らない、二流女優いた。
歓楽地で浮名を流した、
囲われ者の踊り子もいた。
どいつもこいつもいい女だった。
このか弱い女たちの中にも、かえって自己犠牲の苦しみを楽しむ、
強者がいた。彼女らは叫んだ。
「翼を持った鷲頭の馬よ。わたしを天に運んでもいいだろう」と。当然だ!
ある女は、国に捨てられた。
ある女は、亭主の暴力に耐えた。
またある女は、息子に刺殺された。
これら聖女の涙で、一本の大河の流れを変えさせられる。
Ⅲ
オレは幾度となく小さな老婆の後を付きまとった!
その中のひとりを、今でもよく覚えている。
その老婆は、沈む夕日が西空を血まみれにする時、
考え深げにベンチに腰を下ろし、
遠くから聞こえて来るアドトラックの音楽に耳を傾けていた。
アドトラックは公園にも押しかけ、
大音響で、
パリに生気と勇気を与えていた。
ベンチの老婆は急に背筋を伸ばして、
何を思ったか、宣伝の音楽に合わせ、
踵でリズムをとりはじめた。そしてその目は若い男を追い、
男のケツを舐めまわしているかのようだった。
Ⅳ
このように老婆たちは、喧騒のパリを、
堂々と愚痴も口にせず歩いているのだ。
淫売であったか、聖女であったか、あるいは慈しみ溢れる母であったか、
いずれにせよ老婆たちは、なにがしかの名前でもって呼ばれたのだ。
華やいでいた老婆たちも、
今では本人以外には、その花の時代を知りはしない!
酔っ払いは、通り過ぎざまに、卑猥な言葉で老婆を冷やかす。
なまいきなクソガキは、老婆をからかう。
老婆は生きていることを恥じ、皴だらけの影法師になって、
怯えながら背を丸め、壁すれすれに縮こまって歩く。
誰ひとり挨拶さえしない。なんて皮肉なことだ!
本人は、半分は土になってしまっていると、もう諦めているようだ。
だがオレは遠くから老婆たちを見つめている。
そして、よぼよぼのその足取りに手を差し伸べたくなっている。
あたかも恋人であるかのように。変だろうか?
オレは、誰にも気づかれないように変わった想像を膨らませている。
オレには老婆の初心な純情が見える。
それは確かに、時に底抜けに明るく、時に底知れず暗いのだ。
そして同時に、その明暗こそ老婆の過去なのだ。ちょっとだけ変わったオレは、
老婆のか弱さを目にしながら、彼女たちも犯したであろう悪行を想像する。
滅びの女! オレの恋人! オレの女神!
オレは、夜ごとに出会った老婆に仰々しい口づけの別れを告げている。
明日、貴方はどこにいるのだろうか? 80歳のイヴよ!
死に神の爪に押さえつけられたオレの情人!