悪(ワル)の華

ボードレールは、人間を『退屈』に住む『悪』だと思っていたようです。『悪』を詠えば、人間の本質に迫れました。 『悪』はまた、衝動的で扇動的で曖昧でした。 衝動的で扇動的で曖昧なものは、おもしろおかしく好き勝手に扱えました。 『悪』は、『滑稽』にも『美』にも『神』にさえなれました。 こうして人間は、『滑稽』や『美』や『神』に変えられました。 ボードレールのやったことは、それだけのことです。では、ボードレールの言葉遊びに浸りましょう。文中、極めて不道徳で不適切な単語や表現が使用されています。予めご了承ください。

90 七人の老人         ヴィクトル・ユーゴーに捧ぐ

蟻塚のように人が蠢くパリは、夢また夢の都会。

真っ昼間から幽霊が現れ通行人の袖を引く。

不思議が液体になって、

パリと言う巨人の毛細血管の中を巡っている。

 

裏通りを挟んで立ち並んだ家並みが、

軒先までたち籠めた霧のせいで、

水嵩が増した川の両岸のように見え、

更にその区画一帯が黄色い靄に包まれていた、そんなある朝の事だ。

 

芝居の書割のような景色の中、オレは、

主役でもこなしているような緊張感で、

疲れ切った自分自身に議論をぶっかけながら、

重苦しい荷馬車の車輪が響く街中をさまよった。

 

そこへ突然、この雨もよいそっくりな、

黄色いボロ服をまとったひとりの老人が現れた。

見るからに施しを求めている格好だが、

その目だけは、胆汁に漬かっているかのような黄色で、

 

ギラギラと意地悪そうに光り、空気を凍てつかせていた。

伸びた髭は、ユダのようで、

毛先は剣のようにピンと尖り、

前に突き出ていた。

 

背骨は折れてしまっているのだろうか、

腰が直角に曲がっていた。

そこに杖をついて、その姿は、

不具の四つ足動物か、三本足の妖怪。

 

雪と泥のぬかるみの中、

木靴で死体を踏みつける動きで、

足をもつれさせながら、

全世界に敵意をむき出していた。

 

その後を、そっくりな老人たちがゾロゾロ続いた。

ボロ服、目、髭、腰、杖。どれも同じ。見分けがつかなかった。

同じ地獄から来た、百歳の一卵性の兄弟だ。

奇妙奇天烈な幽霊たちは、目的もないまま同じ足取りで進んでいた。

 

何の因果で、こんな仕掛けに引っかかったのか。

単なる意地の悪い偶然が、オレをからかっているのだろうか。

オレはとにかく七人まで数えた。

次々に現れたのだ。

 

オレをあざ笑う者、あるいは、

この恐怖を共感できない者は、

想像してみてくれ。

おぞましいこのバケモノたちは、決して死ぬものかと、ふてぶてしい顔付きで列を組んで歩いていたのだ。

 

こいつら、何から何までそっくりで、

不可解なバケモノ。

万が一、八人目を見たら、オレは死んでしまったかもしれない。

———だが、オレはこの行列に背を向けた。

 

そして一目散に家に向かって駆け出した。

家に着くと戸を閉め切って、鍵を下ろした。

熱病に罹ったように骨まで震え、頭は痛かった。

何だったんだ、あの理屈に合わない老人たちは!

 

オレは自分自身を制御しようと精一杯舵をとった。

しかし、オレの気持ちは嵐の中を揉まれる船のようだった。

すべてが無駄だ。魔物が支配する海の上を踊っているようだ。その時、

「老人殺しは、この中に逃げ込んだようです」と外で声がした。