蟻塚のように人が蠢くパリは、夢また夢の都会。
真っ昼間から幽霊が現れ通行人の袖を引く。
不思議が液体になって、
パリと言う巨人の毛細血管の中を巡っている。
裏通りを挟んで立ち並んだ家並みが、
軒先までたち籠めた霧のせいで、
水嵩が増した川の両岸のように見え、
更にその区画一帯が黄色い靄に包まれていた、そんなある朝の事だ。
芝居の書割のような景色の中、オレは、
主役でもこなしているような緊張感で、
疲れ切った自分自身に議論をぶっかけながら、
重苦しい荷馬車の車輪が響く街中をさまよった。
そこへ突然、この雨もよいそっくりな、
黄色いボロ服をまとったひとりの老人が現れた。
見るからに施しを求めている格好だが、
その目だけは、胆汁に漬かっているかのような黄色で、
ギラギラと意地悪そうに光り、空気を凍てつかせていた。
伸びた髭は、ユダのようで、
毛先は剣のようにピンと尖り、
前に突き出ていた。
背骨は折れてしまっているのだろうか、
腰が直角に曲がっていた。
そこに杖をついて、その姿は、
不具の四つ足動物か、三本足の妖怪。
雪と泥のぬかるみの中、
木靴で死体を踏みつける動きで、
足をもつれさせながら、
全世界に敵意をむき出していた。
その後を、そっくりな老人たちがゾロゾロ続いた。
ボロ服、目、髭、腰、杖。どれも同じ。見分けがつかなかった。
同じ地獄から来た、百歳の一卵性の兄弟だ。
奇妙奇天烈な幽霊たちは、目的もないまま同じ足取りで進んでいた。
何の因果で、こんな仕掛けに引っかかったのか。
単なる意地の悪い偶然が、オレをからかっているのだろうか。
オレはとにかく七人まで数えた。
次々に現れたのだ。
オレをあざ笑う者、あるいは、
この恐怖を共感できない者は、
想像してみてくれ。
おぞましいこのバケモノたちは、決して死ぬものかと、ふてぶてしい顔付きで列を組んで歩いていたのだ。
こいつら、何から何までそっくりで、
不可解なバケモノ。
万が一、八人目を見たら、オレは死んでしまったかもしれない。
———だが、オレはこの行列に背を向けた。
そして一目散に家に向かって駆け出した。
家に着くと戸を閉め切って、鍵を下ろした。
熱病に罹ったように骨まで震え、頭は痛かった。
何だったんだ、あの理屈に合わない老人たちは!
オレは自分自身を制御しようと精一杯舵をとった。
しかし、オレの気持ちは嵐の中を揉まれる船のようだった。
すべてが無駄だ。魔物が支配する海の上を踊っているようだ。その時、
「老人殺しは、この中に逃げ込んだようです」と外で声がした。