それは、まるで生きている女そのものだった。
大きな花束に、ハンカチと手袋を持って、
そのスマートな身体を鼻にかけているようだった。
社交慣れした態度は、あつかましい淫売のようだった。
この舞踏会場で、これ程に細い腰にはお目にかかれないだろう。
大袈裟なドレスには贅沢に布地が使われ、
レースの縁飾りは、鎖骨あたりで戯れ、
それは岩をくすぐる漣の、
おどけた悪ふざけのようで、
さすがにこのマダムが隠したい不気味な胸元を、
外から見えないように、
隠し守っていた。
窪んだ両目は真っ黒で空っぽ、
花輪を器用に載せた頭蓋骨は、
ゆらゆらした背骨の上に、危なっかしく揺れていた。
狂気の虚無を身にまとったオシャレさん。
肉に溺れる愚か者は、あんたの骨組みの優美さを、
理解できないだろう。
きっとあんたを、カリカチュアとあざ笑うだろう。
だが、あんたはオレの趣味には適っている。
あんたはひねくれたしかめっ面で、
『生』の饗宴をあざ笑いに来たのか?
それとも、とっくに諦めた欲情が、今もあんたの骨を疼かせて、
自分自身を淫蕩の魔窟に押し込めようとするのか?
おどけたヴァイオリンの歌声や、揺れる蝋燭の灯りで、
その情欲を誤魔化かすつもりか?
どんちゃん騒ぎで、
心の業火を慰めようとしているのか?
あんたは愚かな過ちを、またぞろ繰り返すのか?
ずっと昔の恨みつらみが癒されることはもうないのか?
その歪んだ肋骨に、
毒蛇が絡まっているのが見えるぞ。
実を言えばオレは、あんたの凝った出で立ちが、
骨折り損のくたびれ儲けに終わりはしないかと、心配をしているのだ。
腑抜けたヤツらの中で、いったい誰にあんたの心意気が分かるのだ。
本物の恐怖を理解できるのは、肝の据わった者だけだ!
あんたの目の奥に、恐ろしい企みが隠れているようで、
あんたと目を合わせた者は、きっと背筋を凍らせるのではないだろうか?
神経質な人間は、その32本の歯の笑みに、
吐き気を催すのではないだろうか?
とは言うものの、誰しも骨格を持っているわけで、
だから誰も「骸骨を抱いたことはない」とは言えない筈だ。墓から誰が解放されようか?
香水や化粧や洋服に、何の意味があると言うのだ。
骨や墓に比べれば、それはただの虚栄ではないか。
鼻の欠けた踊り子さんよ。相手を選べれない娼婦よ。
あんたに不満な顔をしたお相手に言ってやれ。
「自惚れのお坊ちゃん。白粉と口紅で繕っても、
お前たちからは死臭がするんだよ」ってな。
お気どりの骸骨。ニスが光る死体。
やつれた男娼さん。髭のない色男さん。白髪の女タラシさん。
この世のありとあらゆる者が、クルクル夢中になってまわる死の舞踏。
それがあんたを見知らぬ土地へと連れて行く!
冷え渡ったセーヌの岸辺から、灼熱のガンジスの淵まで、
人間はおどけて跳ねまわる。
天井の穴の向こうで、天使のラッパが黒い銃口のように、
ぽっかり口を開けているのが見えないようだ。
どんな風土だろうと、どんな気候だろうと、死は、
あんた達が躍り狂っているのを見るのが大好きだ!
そしてその乱痴気騒ぎに花を添えようと、いい香りをさせながら近づいて来て、
一緒に踊りませんかと、右手を差し出してくるのだ。
※1この『死の舞踏』は、画家エルネスト・クリストフのアトリエでボードレールが目にした骸骨から想を得たと言われる。