悪(ワル)の華

ボードレールは、人間を『退屈』に住む『悪』だと思っていたようです。『悪』を詠えば、人間の本質に迫れました。 『悪』はまた、衝動的で扇動的で曖昧でした。 衝動的で扇動的で曖昧なものは、おもしろおかしく好き勝手に扱えました。 『悪』は、『滑稽』にも『美』にも『神』にさえなれました。 こうして人間は、『滑稽』や『美』や『神』に変えられました。 ボードレールのやったことは、それだけのことです。では、ボードレールの言葉遊びに浸りましょう。文中、極めて不道徳で不適切な単語や表現が使用されています。予めご了承ください。

97 死の舞踏     ※1エルネスト・クリストフに捧ぐ

それは、まるで生きている女そのものだった。

大きな花束に、ハンカチと手袋を持って、

そのスマートな身体を鼻にかけているようだった。

社交慣れした態度は、あつかましい淫売のようだった。

 

この舞踏会場で、これ程に細い腰にはお目にかかれないだろう。

大袈裟なドレスには贅沢に布地が使われ、

レースの縁飾りは、鎖骨あたりで戯れ、

それは岩をくすぐる漣の、

 

おどけた悪ふざけのようで、

さすがにこのマダムが隠したい不気味な胸元を、

外から見えないように、

隠し守っていた。

 

窪んだ両目は真っ黒で空っぽ、

花輪を器用に載せた頭蓋骨は、

ゆらゆらした背骨の上に、危なっかしく揺れていた。

狂気の虚無を身にまとったオシャレさん。

 

肉に溺れる愚か者は、あんたの骨組みの優美さを、

理解できないだろう。

きっとあんたを、カリカチュアとあざ笑うだろう。

だが、あんたはオレの趣味には適っている。

 

あんたはひねくれたしかめっ面で、

『生』の饗宴をあざ笑いに来たのか?

それとも、とっくに諦めた欲情が、今もあんたの骨を疼かせて、

自分自身を淫蕩の魔窟に押し込めようとするのか?

 

おどけたヴァイオリンの歌声や、揺れる蝋燭の灯りで、

その情欲を誤魔化かすつもりか?

どんちゃん騒ぎで、

心の業火を慰めようとしているのか?

 

あんたは愚かな過ちを、またぞろ繰り返すのか?

ずっと昔の恨みつらみが癒されることはもうないのか?

その歪んだ肋骨に、

毒蛇が絡まっているのが見えるぞ。

実を言えばオレは、あんたの凝った出で立ちが、

骨折り損のくたびれ儲けに終わりはしないかと、心配をしているのだ。

腑抜けたヤツらの中で、いったい誰にあんたの心意気が分かるのだ。

本物の恐怖を理解できるのは、肝の据わった者だけだ!

 

あんたの目の奥に、恐ろしい企みが隠れているようで、

あんたと目を合わせた者は、きっと背筋を凍らせるのではないだろうか?

神経質な人間は、その32本の歯の笑みに、

吐き気を催すのではないだろうか?

 

とは言うものの、誰しも骨格を持っているわけで、

だから誰も「骸骨を抱いたことはない」とは言えない筈だ。墓から誰が解放されようか?

香水や化粧や洋服に、何の意味があると言うのだ。

骨や墓に比べれば、それはただの虚栄ではないか。

 

鼻の欠けた踊り子さんよ。相手を選べれない娼婦よ。

あんたに不満な顔をしたお相手に言ってやれ。

「自惚れのお坊ちゃん。白粉と口紅で繕っても、

お前たちからは死臭がするんだよ」ってな。

 

お気どりの骸骨。ニスが光る死体。

やつれた男娼さん。髭のない色男さん。白髪の女タラシさん。

この世のありとあらゆる者が、クルクル夢中になってまわる死の舞踏。

それがあんたを見知らぬ土地へと連れて行く!

 

冷え渡ったセーヌの岸辺から、灼熱のガンジスの淵まで、

人間はおどけて跳ねまわる。

天井の穴の向こうで、天使のラッパが黒い銃口のように、

ぽっかり口を開けているのが見えないようだ。

 

どんな風土だろうと、どんな気候だろうと、死は、

あんた達が躍り狂っているのを見るのが大好きだ!

そしてその乱痴気騒ぎに花を添えようと、いい香りをさせながら近づいて来て、

一緒に踊りませんかと、右手を差し出してくるのだ。

 

※1この『死の舞踏』は、画家エルネスト・クリストフのアトリエでボードレールが目にした骸骨から想を得たと言われる。