悪(ワル)の華

ボードレールは、人間を『退屈』に住む『悪』だと思っていたようです。『悪』を詠えば、人間の本質に迫れました。 『悪』はまた、衝動的で扇動的で曖昧でした。 衝動的で扇動的で曖昧なものは、おもしろおかしく好き勝手に扱えました。 『悪』は、『滑稽』にも『美』にも『神』にさえなれました。 こうして人間は、『滑稽』や『美』や『神』に変えられました。 ボードレールのやったことは、それだけのことです。では、ボードレールの言葉遊びに浸りましょう。文中、極めて不道徳で不適切な単語や表現が使用されています。予めご了承ください。

110  殉教の女     知られていない巨匠のデッサン

その寝室に散らかっていたのは、

香水瓶、金糸銀糸の布、なまめかしい家具、

大理石の置物、絵画、

大袈裟に裾を引きずるドレス。

 

そして、生暖かいムッとする空気。

   枯れた花が、

ガラスの棺桶に納まって、

臨終の息を肩でしていた。

 

そこには首無しの死体がひとつ転がっていた。

   生臭い血を、

枕とシーツが、

   乾燥した牧場のように吸っていた。

 

この暗闇に、ベッドサイドテーブルの上で、

ボヤッと青白く光りものがあった。生首だった。

大きなダイヤを耳に飾り、

真っ黒な髪を振り乱し、

 

匂いたつキンポウゲの花に似ていた。

   黄昏のようにとらえどころのない眼差しが、

白目をむいた目から、

   放たれていた。

 

ベッドには、裸の胴体が恥ずかしげもなく、

   だらしのない姿で転がっていた。

天性のまばゆい裸体を臆面もなくさらし、

   殺される動機を作った『美』を自慢しているようだった。

 

薄桃色の靴下に施された金の刺繍は、

   思い出を語るように足に留まり、

靴下留めは、燃える秘密の目のように、

ダイヤモンドのように冷たく輝いていた。

 

この静かで奇妙な光景は、

   大きな肖像画のようだった。

いや、殺された女の勝気な眼差しそのものだった。

   ここから読み取れるのは、真っ暗な愛欲。

 

変態快楽の残り滓。地獄の口づけにも飽きた、

   異常の祝祭。

性悪の天使が、カーテンの隙間から、

   ニッコリ笑ってのぞき見していたのだ。

 

よく見ればベッドの上の胴体は、ほっそりとして、

   色っぽい肩のラインと腸骨の張った腰を持っている。

怒った蛇を想像させる身体から察して、

   この女はまだ若かったと思われる。

 

———若さゆえの好奇心からか、

   その昂ったオマンコは、

なりふり構わずヤリたくなった男に向かって、

大きく開かれたのだろう。

 

生前、お前さんが心身削って尽くした男は、

   殺人を犯したことでかえって興奮し、

お前さんの身体を弄んだ気配がある。

    図星だろう!

 

ふしだらな死体よ、何か言え! 男は、お前さんの硬く編んだ髪の毛を、

火照った片腕で引きずり回したではないか?

さあ答えろ、血まみれの生首よ! 男はお前さんの冷たくなった歯をこじ開けて、

    舌を差し込んできたのか?

 

———まあ、いい。今はとにかく、世間の陰口や好奇心から距離をとって、

    詮索好きな警察も無視して、

不思議な女よ、静かに眠れ、静かに眠れ、

    秘密を抱いたまま墓の中で眠れ。

 

お前さんの死んだ姿は、憎くて可愛い男の脳裏に焼き付いたはずだ。

    つまり男は、世界の果てに逃げようとも、

お前さんに見守られ続けるわけだ。もうこれで、

    男は誰とも交われず、お前さんに純情を捧げつくすことになるのだ。