晴れわった空の下、船がゆらゆら、
太陽に夢中になった天使のように揺れていた。
オレの気分は、まるで鳥になったように、
帆綱の周りをひらひら飛んでいた。
突然、目の前に陰気な島が現れた。あの島の名前は何て言うのだろうか?
すると誰かが教えてくれた。———「シテール島って言うんだよ。
歌にも歌われた有名な島だ。恋人がいないものなら誰もが行きたがるパラダイス。
しかしよく目を凝らしてご覧なさいよ。割合に荒れ果てた島だ。
———昔には、島の上で古代ヴィーナスの幻影が、
匂いのように漂っていた。
そして、人々を愛と官能で満たしていた。
つまり、秘密となぐさめの島だった。
祝福のミルトの木に抱かれ、その白い花で結ばれていた。
世界中の憧れの島だった。
その地を讃えるため息は、
バラの庭園の香りのように広がり、また、
山ハトのさえずりのように聞こえた。
———そのシテール島も今や、得体のしれない悲鳴が響く、
岩だらけの不毛の地になり果てたようだ。」
オレは、そこで奇妙なモノを見た!
決して木立に隠れる神殿などではない。
ましてや、若い尼僧が両手いっぱいに花を抱きかかえ、
裾をさばきながら歩くような、
厳かな僧院でもなかった。
オレの乗った船が、島の海岸スレスレをかすめ、
白い帆に驚いた鳥たちが、一斉に飛び立ったとき、
奇妙なモノの正体がハッキリ分かった。それは三本腕の絞首台だった。
不気味な糸杉のように、空に黒く浮きたっていた。
獰猛な鳥たちが、
絞首台の首吊り人に群がり、
その血濡れた嘴を、
腐った肉のあちこちに突き刺していた。
ふたつの目はただの穴になり果て、破れた腹から、
腸がだらりと流れ出ていた。
ガァーガァー鳴く処刑人たちは、満腹の上に、首吊り人の去勢まで終えて、
狂ったように喜んでいた。
絞首台の下では、四つ足の動物が、
鼻先を鳥に向けて、うらやましげな目つきで、グルグルと歩き回っていた。
その中でもとびきりデカい一匹は、
多くの手下を従えた処刑執行人のようなナリでうろついていた。
シテール島の住民よ!
かくも麗しい空の下に、無残な姿をさらす迷い子よ!
ただ黙ってこの侮辱に、おぞましい儀式に、墓に横になれない苦痛に、
どうして耐えられるのだ!
滑稽な首吊り死体よ。お前の苦しみはオレの苦しみだ!
宙にブラブラするその四肢を見ていると、
忘れていた苦悩が胆汁になってオレの食堂を這いあがり、
口の中を酸っぱくする。
かつてオレの肉を啄んだカラスの嘴と、
オレの骨を齧った黒豹の顎を思い出してしまうのだ。
もはや人間の体をなしていないお前は、
この尊い思い出を持つオレをどう思うのだ?
———空はあくまで美しく、海は凪いでいた。
ただオレには、それ以外のモノは全部、暗く生血なまぐさいモノになっていた。
何と言うことだ! オレは分厚い死衣を身に着け、
このウソのような光景とひとつになっていた。
今、シテール島の断崖に、絞首台に吊るされたオレが見える。
———ああ、主よ! 願わくば驚きもたじろぎもなく、
無様にさらされたオレの心と身体を直視させる、
勇気を与えたまえ!
※1シテール島はギリシャにあり、古代のヴィーナスが上陸したところとされている。独身者が巡礼に行け
ば伴侶が得られると言わる。ヴァトーの『シテール島への巡礼』は有名なロココ絵画。