悪(ワル)の華

ボードレールは、人間を『退屈』に住む『悪』だと思っていたようです。『悪』を詠えば、人間の本質に迫れました。 『悪』はまた、衝動的で扇動的で曖昧でした。 衝動的で扇動的で曖昧なものは、おもしろおかしく好き勝手に扱えました。 『悪』は、『滑稽』にも『美』にも『神』にさえなれました。 こうして人間は、『滑稽』や『美』や『神』に変えられました。 ボードレールのやったことは、それだけのことです。では、ボードレールの言葉遊びに浸りましょう。文中、極めて不道徳で不適切な単語や表現が使用されています。予めご了承ください。

85 時計

時計! 不吉で、恐ろしい、冷酷なヤツ!

その指がオレらをこう脅迫する。

「断末魔が、 狂いのない的として、

小心者のお前の心臓に、確実に突き刺さるだろう。

 

 【快楽】なんかは、はるか地平線のかなたに霧散するぞ!

 舞台の袖に消える、風の妖精のようにな。

 時計が、人それぞれに許された喜びを、

 刻一刻と、お前から一切れずつ、嚙み千切っている。

 

 一時間に三千六百回、【秒】が囁く。

 『決して忘れるな』と! ———今度は虫のような声で何かが囁いた。

 『俺は【過去】だ。この口でお前の命を吸い取ってやった』と。

 これはなんと【今】の声なのだ。

 

 時間の浪費家よ、忘れるな!

 死すべき愚かな者よ、よく聴け!

 【分】と言うのは、鉱脈だ。

 そこから黄金を掘り出しもせず、くたばってもいいのか。

 

 忘れるな、【時間】は貪欲な博打うちだ。

 イカサマなしで、確実に勝をおさめる。それがヤツの掟だ。

 日が縮まり、夜が深まる。決して忘れるな!

 時はいつも乾いている。水時計は干上がるのだ。

 

 やがて約束の鐘が鳴る。そのとき聖なる【偶然】が、

 【美徳】と言う処女のままのお前の伴侶が、

 そして唯一の頼りである【後悔】さえもが、お前にこう言うだろう、

 『死ね。老いた臆病者よ。もう何もかも遅すぎる』と」