悪(ワル)の華

ボードレールは、人間を『退屈』に住む『悪』だと思っていたようです。『悪』を詠えば、人間の本質に迫れました。 『悪』はまた、衝動的で扇動的で曖昧でした。 衝動的で扇動的で曖昧なものは、おもしろおかしく好き勝手に扱えました。 『悪』は、『滑稽』にも『美』にも『神』にさえなれました。 こうして人間は、『滑稽』や『美』や『神』に変えられました。 ボードレールのやったことは、それだけのことです。では、ボードレールの言葉遊びに浸りましょう。文中、極めて不道徳で不適切な単語や表現が使用されています。予めご了承ください。

83 自分を処刑する

腹も立っていねぇし、憎ったらしいわけでもねぇ。

ただ何となく、※1お前(めえ)を殴りてぇ気分なんだ。

肉屋が肉切包丁で、腿をぶっ叩くように。

石屋がゲンノウでノミを打つように。

 

オレの乾ききった心を潤すために、

お前の眼に、苦悩の涙を湧かせよう。

オレはむしゃくしゃしている。

だからお前の腫れあがった眼を見れば、

 

気分も少しは紛れるだろう。

そして涙に満足したオレの耳の中を、

お前の情けねぇえ泣き声が、

ファンファーレのように引き裂く。

 

オレにしがみつき、噛みつく、

お前の執拗な『嫌味』を聞いて、

オレは神妙な交響楽の中の、

狂喜する和音になっていないか?

 

オレの声は裏返っていないか。

オレの血は、黒い毒液となり、

髪を逆立てたお前が覗く鏡は、オレの顔になる。

 

オレは傷口であって、匕首だ。

オレは平手打ちであって、頬だ。

オレは手と足であって、拷問の車輪だ。

オレは処刑者であって、死刑執行人だ。

 

オレは自分の血を吸う吸血鬼。

オレは笑い死にの刑に処せられていながら、

笑いを忘れた男。

———そして見捨てられた男だ。

 

※1 この詩のお前とは自分自身のこと。