悪(ワル)の華

ボードレールは、人間を『退屈』に住む『悪』だと思っていたようです。『悪』を詠えば、人間の本質に迫れました。 『悪』はまた、衝動的で扇動的で曖昧でした。 衝動的で扇動的で曖昧なものは、おもしろおかしく好き勝手に扱えました。 『悪』は、『滑稽』にも『美』にも『神』にさえなれました。 こうして人間は、『滑稽』や『美』や『神』に変えられました。 ボードレールのやったことは、それだけのことです。では、ボードレールの言葉遊びに浸りましょう。文中、極めて不道徳で不適切な単語や表現が使用されています。予めご了承ください。

118  聖ペテロの否認

神様は何を考えているのだろう。ご寵愛の天使たちに、

役立たずと非難が浴びせられているのに、

聞くに堪えないその冒涜の声を、夢見心地で聞きながら

まるで満腹の暴君のように、眠りこけている。

 

殉教者や受難者の嘆きは、

心地よい音楽程度にしか思っていないようだ。

それに、あれだけ流れた犠牲者たちの血も、

まだ足りないとご機嫌斜めのようだ。

 

———イエスよ、※1ゲッセマネの園を思い出せ!

お前はクソ真面目に膝を折って祈っていたではないか!

その手足に、卑しい処刑人の手によって五寸釘が打たれる音を聞きながら、

天で微笑んでいたお方のために。

 

尊い『人間愛』を熟考したその頭に、

茨が軋んで食い込む苦痛に対して知らん顔をしたお方のために。

ゴロツキ同然の衛兵やお前の顔に臭くて粘る唾を吐きかけたのに、

知らぬ存ぜぬを決め込んたお方のために。

 

十字架の上で精も根も尽き果て、身体の重みで伸びきった両腕が、

さらに長くなっていっても、無関心だったお方のために。

青ざめた顔に血に流れていても、どこ吹く風を決め込んだお方のために。

お前が大衆の前に見世物として晒されたとき、

 

思い返していたか? あの輝く美しかった日々を?

大人しいロバに跨り、花と小枝が散らばる道を、

偉大なる約束を果たすために、希望と勇気に心膨らませ、

エルサレムに乗り込んだ日のことを?

 

そして、さもしい商人たちを一人残らず、

力いっぱい鞭打った日のことを?

ついにこの地上の支配者になった日のことを? どうだ、思い出すか?

後悔が、槍よりも深くお前の脇腹に食い込んではいないか?

 

———ああ、オレなら、理想と行動が一致しない世界からはオサラバするさ。

剣を持つものは剣によって滅びると、イエス、お前は言ったよな。

現実はどうだった?

弟子のペテロはお前のことを「知らない!」とシラを切った……立派だったと思うぜ。

※1イエスは捕われる前、自身の十字架刑を予感して祈った場所。