悪(ワル)の華

ボードレールは、人間を『退屈』に住む『悪』だと思っていたようです。『悪』を詠えば、人間の本質に迫れました。 『悪』はまた、衝動的で扇動的で曖昧でした。 衝動的で扇動的で曖昧なものは、おもしろおかしく好き勝手に扱えました。 『悪』は、『滑稽』にも『美』にも『神』にさえなれました。 こうして人間は、『滑稽』や『美』や『神』に変えられました。 ボードレールのやったことは、それだけのことです。では、ボードレールの言葉遊びに浸りましょう。文中、極めて不道徳で不適切な単語や表現が使用されています。予めご了承ください。

119  ※1アベルとカイン

         Ⅰ

アベルの子孫よ、満足するまで、眠り、飲み、食べよ。

神はお前らに好意を持っている。

 

カインの子孫よ、泥の中で、

這いずり回って、惨めに死んでいけ。

 

アベルの子孫よ、お前たちの捧げる供物は、

天使の鼻をクンクン鳴らす。

 

カインの子孫よ、お前たちの苦しみには、

終わりは来るのか?

 

アベルの子孫よ、お前たちが蒔く種も、

家畜もよく殖えている。

 

カインの子孫よ、お前たちのハラワタは、

老いた犬のように飢えている。

 

アベルの子孫よ、お前たちの腹を、

族長の暖炉で暖めろ!

 

カインの子孫よ、その洞窟の中で、

寒さに震えていろ! すきっ腹のジャッカルのようにな。

 

アベルの子孫よ、愛せよ、殖えよ!

お前たちの黄金も、同じように子を産むのだ。

 

カインの子孫よ、その燃える心よ、

過ぎた欲は許されない。厚かましぞ! 

 

アベルの子孫よ、青虫のように、

若葉を齧って肥えろ!

 

カインの子孫よ、追い詰められた家族を従えて、

路頭に迷え!

 

 

         Ⅱ

ああ、アベルの子孫よ、お前たちの屍は、

湯気の立ちのぼる大地を肥やすだろう!

 

カインの子孫よ、お前たちの仕事は、

まだ終わってはいないぞ!

 

アベルの子孫よ、イノシシを突く槍が、

鋤にまけたのだぞ。恥だと知れ!

 

カインの子孫よ、天に昇って、

神を地上に突き落とせ!

 

※1旧約聖書創世記第四章にある『カインとアベル』の兄弟の逸話による題名。

農業に従事する兄カインと狩に従事する弟のアベルは、アダムとイヴの子。ある日、神はこの兄弟に捧げ

ものを要求した。神はアベルが捧げた仔羊をいたく気に入り、カインの捧げた作物には見向きもしなかっ

た。これをカインは妬み、アベルを殺した。