悪(ワル)の華

ボードレールは、人間を『退屈』に住む『悪』だと思っていたようです。『悪』を詠えば、人間の本質に迫れました。 『悪』はまた、衝動的で扇動的で曖昧でした。 衝動的で扇動的で曖昧なものは、おもしろおかしく好き勝手に扱えました。 『悪』は、『滑稽』にも『美』にも『神』にさえなれました。 こうして人間は、『滑稽』や『美』や『神』に変えられました。 ボードレールのやったことは、それだけのことです。では、ボードレールの言葉遊びに浸りましょう。文中、極めて不道徳で不適切な単語や表現が使用されています。予めご了承ください。

120  悪魔への連祷

いと賢く、至上美であらせられる天使よ、

また裏切られた運命によって、顧みられなくなった神よ、ああ、そんな者よりも、

むしろ汝悪魔よ、我を救いたまえ!

 

流刑者の王よ、不当な扱いを受ける汝よ、

打たれても蹴られても、そのたにびに力強く立ち上がる汝、

悪魔よ、我を救いたまえ!

 

全てを知る者よ、地下の万物の偉大なる王よ、

人間の苦悩を癒してくれる汝、

悪魔よ、我を救いたまえ!

 

癩を病んだ者にも、貧しさに呪われた者にも、

安易な快楽で、うたかたの幸をもたらす汝、

悪魔よ、我を救いたまえ!

 

『死』と言う老いた情婦に、

『希望』と言う気違い女を孕ませた汝、

悪魔よ、我を救いたまえ!

 

死刑台の周囲のヤジウマを睨みつける、

傲慢な眼差しを、死刑囚に与える汝、

悪魔よ、我を救いたまえ!

 

疑い深い神が、欲深い大地のどこに、

貴重な宝石を隠したか知っている汝、

悪魔よ、我を救いたまえ!

 

膨大な金銀をしまい込んだ、

地下深くに眠る金庫を破れる汝、

悪魔よ、我を救いたまえ!

 

建物の壁沿いをさまよう夢遊病者を、

その節くれだった手で、断崖絶壁に導く汝、

悪魔よ、我を救いたまえ!

 

車に逃げ遅れた酔っ払いの、

その潰れた骨を柔らかくする汝、

悪魔よ、我を救いたまえ!

 

弱さゆえに苦しむ人間を慰めるために、

硝石と硫黄を混ぜ合わせる方法を教えてくれた汝、

悪魔よ、我を救いたまえ!

 

信心深い少女の目に、

聖痕(こん)への礼拝と、ボロ布をまとう清貧への憧れを芽生えさせた汝、

悪魔よ、我を救いたまえ!

 

流刑囚たちの杖にして、発明者たちの灯りよ、

絞首刑の囚人や、陰謀者たちの懺悔僧である汝、

悪魔よ、我を救いたまえ!

 

祈願。

御身に栄光と称賛のあらんことを、

その昔、御身が支配した天の高みにいたときも、

打ち負かされ、静かに半目を閉じて地獄の深淵にいる今も、

わが魂を、ある日、知恵の木の下に休ませられるものなら、

願わくば、御身近くに横たわらせたまえ。

憩える神殿のように、知恵の木の枝々が、

御身の額に影を落とすときに!