一度だけ、ただ一度だけ、
あんたのスベスベした腕が、オレの腕に、
もつれたことがあった。(オレの薄汚ねぇ胸底でも、
この思い出だけは色あせていねぇ)
もう日は暮れていた。新しいメダルのような、
月が浮かんでいた。
荘厳な夜の空気は、河のように、
眠るパリの上を流れていた。
家並みに沿って、軒下では、
ネコたちが、ぬすっと歩きで、
耳を立て、親しい影のように、
オレに付きまとった。
突然、青白い閃光の中に花が咲いた。
そして、遠慮も気兼ねもなく、
輝かしい音色が、
あんた、と言う楽器から、
突き通すファンファーレの響きが、
あんたから、ノーテンキに、
泣き声とも間違う、奇妙な響きが、
ためらいながら、あんたから、漏れ出た。
あんたは、いじけた、インキャラで、コミショウの、不潔なオタク少女だ。
家族の者たちが、顔を赤らめ、
長い間、世間の目からかくそうと、
地下室にひそかに閉じ込めていた少女のようだ。
しかし忘れられた少女よ、あんたの耳障りな声は、訳知り顔でこう歌っていた。
「この世は、なにもかも、ハッキリしないの。
どれだけ化粧に凝っても、
ボロは隠せないわ。
きれいな女って、
なんてつらいお仕事かしら。つまり、それは、
機械仕掛けの笑顔をうかべて、うっとりとしている、
オツムの弱いダンサーの仕事なのよ。
心の上に、何か築くと言うのは、愚かな行為。
あらゆるものは壊れるもの。愛も美しさも、
結局は、『忘却』がゴミ箱の中に投げ込むの。
そして、『永遠』のなかに埋没するだけだわ!」
オレはときどき、あの魔法にかかった月を思い出す。
あの沈黙と物憂さを。
そして心の懺悔室で囁かれた、
この恐ろしい打ち明け話を。