悪(ワル)の華

ボードレールは、人間を『退屈』に住む『悪』だと思っていたようです。『悪』を詠えば、人間の本質に迫れました。 『悪』はまた、衝動的で扇動的で曖昧でした。 衝動的で扇動的で曖昧なものは、おもしろおかしく好き勝手に扱えました。 『悪』は、『滑稽』にも『美』にも『神』にさえなれました。 こうして人間は、『滑稽』や『美』や『神』に変えられました。 ボードレールのやったことは、それだけのことです。では、ボードレールの言葉遊びに浸りましょう。文中、極めて不道徳で不適切な単語や表現が使用されています。予めご了承ください。

38 まぼろし

        Ⅰ暗闇

絶望の穴倉に、

オレの性(さが)が、オレ自身を追い込んだ。

そこは、決して陽気な日差しなど届かないところ。

そして、夜という陰気な女大家を除けば、オレは一人っきりの場所だ。

 

オレはまるで意地悪な神に、

暗闇で絵を描くように罰せられた画家のようだ。

あるいは、自分の心臓を煮て食らう、

腹をすかした、おバカなコックのようだ。

 

何かが突然、キラキラと、めかしこんで、

持ち上げた右肩に右頬をくっつけて、

ニッコリ笑って、フワッと現れる。

 

そしてその姿が、ハッキリ見えたとき、

オレは訪問者が誰であるか分かった。

あの女だ! 黒光りする肌。間違いない、あの女だ。

 

       Ⅱ芳香

夏の真昼、吊り革を持った女の脇の下、

脱衣場で脱いだ女のパンティー

じんわりと、下半身から沸き立つ欲情を感じながら、

あんたは、何度、それらを嗅いだことがあるか。

 

臭いは魔法だ。

古い思い出を今に蘇らせる力がある。だから、

体臭に、

思い出の花を摘むこともある。

 

髪の臭いは、動く匂い袋、

ベッドルームの芳香剤。

赤い、野獣の臭いが立ちあがる。

 

シルクだろうと、コットンだろうと、

パンティーは、それもオマンコの挟まった部分からは、

野性が感じられた。

 

Ⅲ額縁

立派な額縁は、絵を、

それが有名なアーティストの作品でなくても、

大自然から切り離して、

本来の価値以上のものに仕立ててくれる。

 

金や、貴金属や、高級家具は、

あの女の、なかなかお目にかかれない美貌によく馴染んでいた。

あの女は、豪奢に負けるような柄じゃあなかった。

贅沢は、あの女の、つまり額縁だった。

 

時々、あの女は、男だろうが女だろうが、

誰もが自分を愛していると思い込んでいた。

その証拠に、これ見よがしに素っ裸になって、

 

その身体を、シーツの愛撫に溺れさせていた。

そこで、知恵おくれのような、あるいは猿のような、

あどけない芝居をしてみせた。

 

Ⅳ肖像

「病」と「死」には勝てねぇ、

オレを見つめた、あのクルクルとした目、

オレをとろけさせた唇。

だが、くたばっちまったら、何もかも灰だ。

 

香料のようだった口づけも、

閃光のようなオルガスムスも、

くたばっちまったら、オジャンだ! 絶望だ! オレの腕には、

三色の色鉛筆だけで描かれた絵が一枚、画鋲で吊るされているだけだ。

 

その絵さえ、時間という名のクソジジイが、

ざらついた翼を毎日羽ばかせて、こすって表面を剥がしている。

そしてオレのように、誰にも知られず、この世から消滅しようとしているのだ。

 

そして、おいお前、オレの「詩」を殺そうとする凡人、俗人。

そんなお前らがどう転んでも、オレの記憶に刻み込んだ、

あの女を殺すことは出来ない。ざまあみろだ。