悪(ワル)の華

ボードレールは、人間を『退屈』に住む『悪』だと思っていたようです。『悪』を詠えば、人間の本質に迫れました。 『悪』はまた、衝動的で扇動的で曖昧でした。 衝動的で扇動的で曖昧なものは、おもしろおかしく好き勝手に扱えました。 『悪』は、『滑稽』にも『美』にも『神』にさえなれました。 こうして人間は、『滑稽』や『美』や『神』に変えられました。 ボードレールのやったことは、それだけのことです。では、ボードレールの言葉遊びに浸りましょう。文中、極めて不道徳で不適切な単語や表現が使用されています。予めご了承ください。

20 仮面     ルネッサンス風の寓意像    彫刻家 ※1エルネスト・クリストフに

見てみろよ、典雅なフィレンツェ趣味を気取った、この女人像を。

肉がうねるその像の中で、

『お上品』と『あばずれ』の姉妹が、罵り慰め合っているぜ。

それは、神々しいほどに強く、レイプしたくなるほどに、か弱い。

ありえねぇよ、こんな女人像。

これは、豪華なベッドの天蓋飾りか、

大僧正や王侯の慰みモノとしか、言いようがねぇや。

 

———おい、もっと目玉かっぴろげて見てみろ。あの思わせぶりの薄ら笑いを、

自惚れて、のぼせ上がっている、あのバカっぷりを、

意味ありげに、もったいぶって、人をあざけっている、あの流し目を、

ヴェールで隠した、すまし顔を。

そして表情のひとつひとつの線が、勝ち誇って、こう語りかけてくる。

「『肉欲』があたしを呼び、『純愛』が王冠をあたしに授けてくれる」と。

こんな面倒くせぇえ女人像に、

あの見た目の可愛らしさが、カマトトぶるのに、どれだけ効果的か分かるか。

さぁ、寄った寄った。この『美』の近くをひと回りしてみようぜ。

 

ちょっと待った。首から上を見てみろ。霊験あらたか、ご利益の光明にあふれたこの女人像は、

二つの顔を持つ化け物になっている。

もう少しで騙されるところだった。

 

いや違うな。取り繕ったこの顔は、ただの仮面だ。

巧妙なカモフラージュだ。

ほらよく見ろ、これが本当の顔だ。

嘘の顔に隠れている顔。

目を吊り上げ、のけぞっている顔。

まったくご立派な女人像だ。その涙が作る、

バカでけぇ河が、オレの隙間に流れ込んで来る。

女人像の嘘は、オレを気分良くしてくれる。

オレは、女人像の涙で、渇きを癒す。

 

———しかし、そもそもこの女人像はなぜ泣くのだ?

人を、その足元に跪かせる完璧な『美』を持ち合わせる、結構なご身分なのに、なぜだ?

どんな苦痛が、あの脇腹に噛みついたと言うのだ?

 

———オマエ、バカかぁ? この女人像が泣く訳が、まだ分からないのか?

この女人像は、生きて来たから泣くんだよ。いや今も、今現在も、生き続けているから泣いているんだ。

そして、殊更大袈裟に、膝を震わせて泣く理由は、

明日も生きなければならないからだ。

いや明日だけではない。明後日も、いつまでもいつまでも、オレたちと同じようにいつまでも、生き続けなければならない。だから泣いているんだ。

※1フランスの彫刻家。この詩は、エルネスト・クリストフの作品からインスピレーションを受けた。