悪(ワル)の華

ボードレールは、人間を『退屈』に住む『悪』だと思っていたようです。『悪』を詠えば、人間の本質に迫れました。 『悪』はまた、衝動的で扇動的で曖昧でした。 衝動的で扇動的で曖昧なものは、おもしろおかしく好き勝手に扱えました。 『悪』は、『滑稽』にも『美』にも『神』にさえなれました。 こうして人間は、『滑稽』や『美』や『神』に変えられました。 ボードレールのやったことは、それだけのことです。では、ボードレールの言葉遊びに浸りましょう。文中、極めて不道徳で不適切な単語や表現が使用されています。予めご了承ください。

21 『美』への讃歌

『美』よ、お前さん、天から堕ちて来たのかい。それとも地底から這い上がって来たのかい。どっちだ?

お前さんの目つきは、神様のモンかい? それとも悪魔の所有物なのかい?

うっとりしながら、恩恵と犯罪を、ためらいも区別もしないでオレらに突きつける。

だから、『美』よ、お前さんは、『酒』に例えられるんだ。

 

『美』よ、お前さんの目には、日没と日の出がごっちゃになって見えているはずだ。

お前さんの臭いには、夕暮れの嵐の気配がある。

お前さんのキスは麻薬で、となるとその口は注射器だ。

強面(こわおもて)の英雄を尻ごませ、あどけないガキに銃を握らせる。

 

『美』よ、お前さんは暗闇から湧き出て来たのか? 星空から降って来たのか?

『運命』だって、お前さんになついて、その裾にまとわりついているじゃあねぇか。

気まぐれに、喜びと破滅をばらまくお前さんは、

すべてを支配しておきながら、何の責任も取らない。いいご身分だぜ、まったくよぉ。

 

『美』よ、お前さんはあざ笑いながら、死体を踏みにじりる。

お前さんを飾る宝石の中でも『恐怖』は、相当イカしていると思う。

『殺人』が、お前さんの宝石に囲まれて、

コウマンチキなお前さんの腹の上で、色目を使いながらダンスをかましている。

 

『美』よ、お前さんにかどわかされたカゲロウが、ロウソクに飛び込むように、

自分を燃やしながら、こう口走る。「この炎、大好き!」

恋した男が、息を上げながら女に乗っかる姿は、

くたばる寸前の病人が、自分の墓を愛撫するようだ。

 

『美』! ベルベットの眼差しを持つ妖精。

そのリズム、その臭い、その光。オレのただ一人の女王!

お前さんが、世界の醜さを、そして一瞬一瞬の苦痛を、少しでも減らしてくれるなら、

『美』よ、お前さんが神様だろうが悪魔だろうが、ましてや天使か人魚か、そんなことどっちでもいいんだ!