※1レスボス島(禁断詩編より)
ラテンの享楽と、ギリシャの快楽を生んだ島、
レスボス。この島での口づけは、けだるくて陽気。
太陽のように熱く、冷えたスイカのように清々しい。そして、
昼も輝き、夜もまた輝くこの島の、なくてはならない飾りもの。
———ラテンの享楽と、ギリシャの快楽を生んだ島、
レスボス、ここで交わす口づけは滝の流れ。
底知れぬ深淵に人を落とし、恍惚の水に泳がせ、
大胆に人を捩らせ、時に泣き、また泣かせ、
———狂い、秘密を作り、のたうち、淀む。
レスボス、ここで交わす口づけは滝の流れ。
レスボス、ここでは※2フリーネのような美女と美女が愛し合って、
愛のため息ごとに、エコーが反応し、
※3パフォスの町がそうであるように、レスボス島もまた、星々に祝福される。
なるほど、ヴィーナスがサフォーを妬んだ理由がよく分かる!
レスボス、ここではフリーネのような美女と美女が愛し合って、
レスボス、夜な夜な女が女を慰める蒸し暑い島。
目のふちを黒ずませた少女が、鏡に映る自分を見つめながら、
既に女になりきったクリトリスとヴァギナを愛撫する呼吸は、
不毛な快楽の吐息!
レスボス、夜な夜な女が女を慰める蒸し暑い島。
年老いたプラトンが眉をひそめたからって、それが何なのだ。
口づけに夢中になれば、そんなことは気にもとめなくなる。
もっと気持ちよくなる快楽の技巧を考えていれば、余計なものは目に入らない。
後ろめたい愛の国、その背徳にゾクゾクする女たち。
年老いたプラトンが眉をひそめたからって、それが何なのだ。
背徳の赦しは、終わりのない受難によって償われる。
次から次へ、もっともっとと、欲深い思いは責めさいなまれるもの、
お前は、恋焦がれる少女の輝くほほえみを垣間見たいばかりに、
彼岸へ惹かれて行く。
背徳の赦しは、終わりのない受難によって償われるのだ。
数いる神々の中で、いったいどの神がお前を裁くと言うのだ。
背徳を重ねて青ざめたお前を、それでも罰すると言うのか?
黄金の秤で、お前の流した涙を、
そのやるせない涙の量を、はかった事もないくせに神は、ああ、
数いる神々の中で、いったいどの神がお前を裁くと言うのだ。
正や不正の掟などは、悪い冗談に過ぎない。
崇高な心を持った処女たちよ、エーゲ海の誇りよ、
お前らの宗教も、他の宗教に劣らず荘厳だ。
そして、『地獄』も『天国』も笑い飛ばす教えではないか。
正や不正の掟などは、悪い冗談に過ぎない。
そう言い切れるのも、レスボスが世界中の詩人の中からオレを選んだからだ。
花咲く処女たちの、暗い秘密を歌う者はオレしかいないのだ。
オレは、ガキの頃から、
涙を流すほど笑える変態を、理解していたのだ。
だから、レスボスが世界中の詩人の中からオレを選んだのだ。
選ばれた時から、レスボスの岬でオレは見張っている。
眼光鋭く、ピリピリしながら、
レスボスに近づく不逞な船はないかと、
どんな些細な一点の変化も、青い海と空の中に見落とすまいと。
選ばれた時から、レスボスの岬でオレは見張っている。
海が果たして寛容であるかどうかを知るために、
島民の嘆きが岩に砕けて散る夕暮れ、
あの身投げしたサフォーの尊い亡骸が、
再びこのレスボスに運ばれてくるか試している。
海が果たして寛容であるかどうかを知るために、
同性への恋を、臆面もなく謳った女流詩人よ。
青白く面窶れしているが、あんたは、ヴィーナスよりきれいだ。
———美の女神のブルーの瞳も、
不健康な隈を従えたそのまっ黒い瞳に及ばない。
同性への恋を、臆面もなく謳った女流詩人よ。
———ヴィーナスより美しいサフォーさん。
その透明な、あんたの心と、
輝く金色の髪の輝きを、
海に、ヴィーナスを作った海に、まき散らせ!
ヴィーナスより美しいサフォーさん。
———あんたは、自分自身を裏切ったその日に身を海に投げた。
レスボスで完成させた習慣と儀式を捨てて、
女にのみ愛されたその汚れない肉体を、
不潔な男の餌食にした。
あんたは、自分自身を裏切ったその日に身を海に投げた。
その時から、レスボスの悲劇は始まった。
しかし世界は、レスボスへの敬意を捨ててはいない。
なのにレスボスは、夜ごと岩だらけの海岸から天に届けとばかり、
囂々たる呻りを上げて、その悲劇に酔っているのだ!
レスボスの悲劇は始まってしまったのた。
※1エーゲ海の島。サフォーが生まれた島。女性の同性愛の場として知られている。
※2フリーネ。古代ギリシャの娼婦。絶世の美女として名を残した。
※3パフォス。キプロスの古代都市。ヴィーナスの神殿があった。