悪(ワル)の華

ボードレールは、人間を『退屈』に住む『悪』だと思っていたようです。『悪』を詠えば、人間の本質に迫れました。 『悪』はまた、衝動的で扇動的で曖昧でした。 衝動的で扇動的で曖昧なものは、おもしろおかしく好き勝手に扱えました。 『悪』は、『滑稽』にも『美』にも『神』にさえなれました。 こうして人間は、『滑稽』や『美』や『神』に変えられました。 ボードレールのやったことは、それだけのことです。では、ボードレールの言葉遊びに浸りましょう。文中、極めて不道徳で不適切な単語や表現が使用されています。予めご了承ください。

29 腐乱死体

あの夏のさわやかな朝、オレたち二人が、

目にしたものを、思い出してみようぜ。

小道の曲がり角に、砂利をベッドにして、

腐った死体が横たわっていたよな。

 

ズベコウのように、お股ブッ広げて、

ムンムンする毒気を蒸発させながら、

お行儀悪く、ふてくさって、

臭気で破裂した腹をさらしていたいよな。

 

お日様は、死体を焼きつくそうと、

腐肉の上に照り付けて、

肉の構成元素を溶かし切って、百倍返しと言わんばかりに、

青黒い光を反射していた。

 

空は、満開の花のような、

この素晴らしい死体を、ニコニコしながら見下ろしていた。

ところがお前は、オレのイロであるお前は、臭さに耐え切れず、

草の上に倒れ、危うく気を失うところだったよな。

 

銀蝿が、裂けた腹の上でブンブン唸り、

蛆虫の塊が、這い出てはこぼれ落ち、

朽ちて腐った肉を伝って、

ドロッとした、黒い液汁となって伝っていたよな。

 

蛆虫の塊は、うねっては崩れ、

ぷちゅぷちゅと、音を立てて盛り上がっていたよな。

死体はまるで、命を吹き返したように膨らんで、

繁殖しながら、生きながらえているように見えたよな。

 

その死体は、不思議な音楽を奏でていたな。

流れる水とか風のような音、あるいは、

農夫がリズミカルに、

穀物を箕(み)で振り分けているような音だったな。

 

死体は崩れて、元の形は夢幻になってしまっていた。

もう、陰も形もない。

画家が、何とかカンヴァスに面影を映そうとしても、

おぼろげな記憶を頼って、筆を動かすより方法はないだろうな。

 

岩の陰に、一匹の雌犬が苛立った目をして、

こっちの様子を伺いながら隠れていたのを覚えているか。

あいつはきっと、オレらの隙を狙って、

食べ残した腐肉を奪い返そうとしていたのだよな。

 

なぁ、オレのイロ。オレの天使。オレの情熱。

オレはなぁ、お前の目は星の輝きなんだ。いやお前はオレの太陽そのものだ。

———でもね、お前もこの汚物そっくりに、やがてなるんだぜ。

この臭気を放つ物体にな。

 

うん、それは間違いない。お前もこうなる。かわいいお前も。

悲しい葬儀が終わったあと、

お前も草の下で、咲き乱れる花の下で、

骨にこびり付く腐肉になっていく。

 

そんな時、お前は、自分の身体を食い荒らす蛆虫どもに、

こう言ってやればいいんだ。

わたしのオトコは詩人だったのよ。あの人は、

今、崩れ果てようとしている身体と精神を、記しとどめてくれたのよ、ってな。