悪(ワル)の華

ボードレールは、人間を『退屈』に住む『悪』だと思っていたようです。『悪』を詠えば、人間の本質に迫れました。 『悪』はまた、衝動的で扇動的で曖昧でした。 衝動的で扇動的で曖昧なものは、おもしろおかしく好き勝手に扱えました。 『悪』は、『滑稽』にも『美』にも『神』にさえなれました。 こうして人間は、『滑稽』や『美』や『神』に変えられました。 ボードレールのやったことは、それだけのことです。では、ボードレールの言葉遊びに浸りましょう。文中、極めて不道徳で不適切な単語や表現が使用されています。予めご了承ください。

95  夕暮れ

オレの大好きな夕暮れがやってくる。

夕暮れは犯罪の共謀者だ。狼の足取りで近づいてくる。

広い寝室のような空が、ゆっくり閉じていく。

人は解放されていく。

 

夕暮を待った者は、腕を伸ばして、

「今日もよく働いたなぁ」と声にする。それは嘘ではない。

病み苦しんだ者、

小難しい問題に立ち向かった学者、

身体がゆがむほど疲れ果てた職人。

こいつらを癒してくれるのが、夕暮れだ。

 

同時に、化け物たちが、

金持ちのように仰々しく目覚め、

窓や天井にぶつかりながら飛び回るのも夕暮れだ。

風に揺らめく薄明りの向こうで、

淫売たちが辻々に灯を点けていき、

あちこちの出入り口を開けていく。

こそこそしたその姿は、

夜襲をかけてくる敵兵のようだ。

ゆかるみに足をとられる。

人間の食物に群がる蛆虫のようだ。

夕暮れは、台所の湯気が吹く音が聞こえる。

劇場から絶叫が聞こえる。

オーケストラが鼾をかいている。

定食屋のテーブルが賭博場になる。

そこには淫売や美人局がたむろしている。

泥棒達がこっそり動き始める。

そして扉や金庫を音もさせずにこじ開けて、

何日分かの生活費と、愛人の洋服代を稼ぐ。

 

この厳かな夕暮れに想い馳せてみよ。

出来れば雑音には耳を塞げ!

夕暮れは病人の苦痛が激しくなる時だ!

夕暮れは、病人の首根っこをつかまえ、

その運命を終わらせ、一緒になって暗闇に沈んで行こうとする。

病院は断末魔であふれかえる。死に行くものは誰一人、

夕暮れのおいしいスープを掬えない。

暖炉のそばで愛する人と過ごすことも出来ない。

 

しかし考えてみれば、アイツらのほとんどは、長いこと暖炉の暖かさを知らない。

つまり、とっくに生きていたとは言えないのだ。