悪(ワル)の華

ボードレールは、人間を『退屈』に住む『悪』だと思っていたようです。『悪』を詠えば、人間の本質に迫れました。 『悪』はまた、衝動的で扇動的で曖昧でした。 衝動的で扇動的で曖昧なものは、おもしろおかしく好き勝手に扱えました。 『悪』は、『滑稽』にも『美』にも『神』にさえなれました。 こうして人間は、『滑稽』や『美』や『神』に変えられました。 ボードレールのやったことは、それだけのことです。では、ボードレールの言葉遊びに浸りましょう。文中、極めて不道徳で不適切な単語や表現が使用されています。予めご了承ください。

15 地獄のドン・ジョヴァンニ

三途の川に差し掛かったドン・ジョヴァンニは、

渡し守のカロンに船賃を払うと、

禁欲主義の※1 アンティステネスを気取った乞食が出て来て、

『ギィーゴ、ギィ―ゴ』と二本の櫂を漕ぎだした。

 

このドン・ジョヴァンニが乗った船を、

垂れ下がった胸を露わにした半狂乱の女達が、

生贄の羊の群のように群がり、

身をくねらせ、喚きながら追いかけていた。

 

下僕のスガナレルは、主人のドン・ジョヴァンニに未払いのままの賃金を要求し、

父親の※2ドン・リュイは、岸辺の死者たちに見せびらかすように、

『この極道息子め。よくもこの俺の白髪をあざ笑ったな』と、

ドン・ジョヴァンニを指さした。

 

やつれ果てた※3エルヴィラは、悲しみにうち震え、

浮気者の夫ドン・ジョヴァンニに縋りつき、

『もう一度だけでいいの。あの笑顔を見せて』とオマンコを擦って懇願した。

愛された昔を思い出したくしょうがねぇようだ。

     

石の巨像が、鎧をまとって仁王立ちして、

舵を握って、波を掻き分けドン・ジョヴァンニに向かって来た。

ドン・ジョヴァンニは細身の剣に凭れかかり、ただただ先をじっと見つめていた。

周囲の騒動は、一切目に入っていないようだった。

   

※1 古代ギリシャの哲学者。

※2 ドン・ジョヴァンニの父。

※3 ドン・ジョヴァンニを追う妻。